労務相談
2024.08.14
不動産お役立ちQ&A

Vol.33 減給の制裁における労働基準法の制限


Question

非違行為(就業規則の懲戒処分事由に該当する行為)をした社員に対する減給の制裁(懲戒処分)として、「賃金月額の20%カットを3カ月間」実施しようと考えていますが、問題ありますでしょうか。

Answer

労働基準法91条では、減給の制裁について、懲戒処分の対象となる1つの非違行為(一事案)に対しては、平均賃金の1日分の半額まで。また、懲戒処分事案が複数ある場合でも、減給は一賃金支払期における賃金総額の10分の1までと規定しているため、賃金月額の20%カットを3カ月間行うことはできません。

懲戒処分の根拠(労契法15条)

労働契約法15条では、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質および態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする」と規定していることから、原則として使用者の懲戒権を認めていますが、具体的に懲戒権を行使するためには、あらかじめ就業規則等で懲戒の種類および事由を定め、労働者に周知しておく必要があります。

なお、懲戒の種類は法令等に反しない限り自由に定めることができ、訓戒、譴責(けんせき)、減給、出勤停止、降格、懲戒解雇などとなりますが、就業規則等に規定されていない処分を課すことはできません。

減給処分に関する規定(労基法91条)

減給とは、労働者が受けるべき賃金額から一定額を差し引くことをいいますが、労働基準法91条(制裁規定の制限)では、 「就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない」と規定しています。つまり、1つの非違行為(一事案)に対し、「平均賃金の1日分の半額まで」しか減給できないものとなります。また、二重処罰が禁止されていることから、一事案に対し平均賃金の半額を繰り返し減給することはできません。なお、2つ以上の非違行為がある場合に、それぞれ平均賃金の1日分の半額ずつを減額することは問題ありません。

さらに、「減額の総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1以内」としていることから、非違行為が2つ以上(複数事案)ある場合でも10分の1を超えて減額することはできず、10分の1を超えて減額する必要がある場合は、超過分を次期以降の賃金から順次減額するものとなります。

ここでの「一賃金支払期における賃金の総額」ですが、賃金支払期に実際に支払われる賃金の総額をいいます。よって、欠勤等により実際に支払われる賃金の総額が少額となった場合には、その少額となった賃金総額の10分の1以内ということになります。賃金の総額には時間外労働等による割増賃金や各種手当など賃金のすべてが含まれ、いわゆる手取金額ではなく、税・保険料等を控除する前の総支給額となります。

ちなみに国家公務員については、「減給は、1年以下の期間、その発令の日に受ける俸給の月額の5分の1以下に相当する額を、給与から減ずるものとする。この場合において、その減ずる額が現に受ける俸給の月額の5分の1に相当する額を超えるときは、当該額を給与から減ずるものとする」(人事院規則12-0:職員の懲戒)と規定されていることから、数カ月間の減給処分を実施するといった報道を耳にすることがありますが、労基法が適用される民間企業において同様の減給処分を課すことは認められません。

賞与での減給

賞与から減給することがあるかもしれませんが、労基法上は賞与も賃金であることから労基法91条の減給の制裁規定が適用されます。よって、賞与から減額する場合も同様に、一事案については平均賃金の1日分の半額まで、総額については賞与額の10分の1までとなります。

なお、出勤停止、降格、昇給停止などの懲戒処分による賃金の控除、不支給等については、労基法91条の規定は適用されません(図表参照)。

図表 労働基準法91条関係通達

〇 出勤停止
就業規則に出勤停止およびその期間中の賃金を支払わない旨の定めがある場合、労働者がその出勤停止期間中の賃金を受けられないことは、出勤停止の当然の結果であって、法第91条の適用を受けない。
〇 制裁としての格下げによる賃金の低下
降格処分による賃金の低下は、職務の変更に伴う当然の結果であるから、法第91条の適用を受けない。
〇 昇給停止の制裁
就業規則に「懲戒処分を受けたものは昇給を行わない」という欠格条件を定める場合は、法第91条の適用を受けない。

平均賃金計算の留意点

平均賃金の具体的な計算方法は割愛しますが、算出する際、「どこの3カ月間を計算期間とするか」、つまり「平均賃金を算定すべき事由の発生した日(算定事由発生日)」がどこか、という点で、実務上間違いが生じやすいので触れておきます。

多くの方が処分の対象となる非違行為が発生した日を算定事由発生日として理解されているようですが、減給の制裁における平均賃金については、「減給の制裁の意思表示が相手方に到達した日をもって、これを算出すべき事由の発生した日とする」と通達されているため、減給処分通知書などを交付している場合は、当該通知書を本人に交付した日が算定事由発生日となります。なお、賃金締切日がある場合は、当該交付日の直前の賃金締切日が起算日となり、当該賃金締切日以前3カ月間が平均賃金の計算期間となります。

おわりに

前述のとおり、減給は労基法の規定により制限されていることから、公務員のように一定期間にわたっての減給処分を課すことはできません。よって、非違行為者に対する金銭的なダメージはそれほど大きなものではありませんが、遅刻・早退・欠勤が発生する都度、不就労分の控除とは別に、それぞれに平均賃金の半額を減給するといった処分を課したり、業務上の軽微なミスが発生するたびに平均賃金の半額を減給したりすることは、罪と罰の均衡という観点から望ましいとは言えず、懲戒権の濫用(労契法15条違反)に該当するものと思われますので、ご注意ください。


野田 好伸

社会保険労務士法人
大野事務所代表社員

野田 好伸
(特定社会保険労務士)

大学卒業後、社労士法人ユアサイドに入所し社労士としての基本を身に付ける。その後6年の勤務を経て、2004年4月に大野事務所に入所する。現在は代表社員として事務所運営を担いながら、人事労務相談、人事制度設計コンサルティングおよびIPO支援を中心とした労務診断(労務デュー・デリジェンス)に従事する。