労務相談
2022.05.13
不動産お役立ちQ&A

Vol.6 内定取消しの法的性質と有効性


Question

コロナ禍が長引くなか、業績が急激に悪化し、また当面は改善の兆しが見込めないことから、予定している来春新卒者の内定を取り消そうという話が出ています。既に内定通知書を交付している状況ですが、今から内定を取り消したとしても法的に問題はないのでしょうか。

Answer

経営状況の悪化を理由に内定取消しを行うのであれば、整理解雇の4要素(①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③人選の合理性、④手続きの妥当性)に即して、内定取消し回避努力を尽くすなど、企業としての最大限の経営努力を行うことが必要であり、不当な内定取消しと判断されれば、賃金支払い義務が生じるほか、損害賠償を請求される可能性があります。

労働契約の成立要件と時期

採用募集から入社に至るまでの一般的な流れは、以下となります。

  • ①使用者による募集と労働者からの応募
  • ②採用試験の実施と合否判定
  • ③使用者から合格者への内定・採用通知
  • ④労働者による入社の意思表示
  • ⑤入社・初出勤日(入社式、辞令交付等)

使用者の中には、⑤の入社日を迎える前であれば、容易に採用を取り消すことができるとお考えの方がいるようですが、労働契約法第6条(労働契約の成立)では、「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する」と規定しており、労働契約の成立は、労働者及び使用者の合意によるとしています。なお、労働契約成立要件として、契約内容について書面を交付することまでは求めていません。

このように、労務提供の開始前であっても合意に至った時点で契約が成立しますので、前述の流れに当てはめると、④の労働者による入社の意思表示の時点で労働契約が成立したことになります。

採用内定の法的性質

使用者からの採用オファーに対し、労働者が入社の意思表示を示した時点(内定合意時点)で一応の労働契約が成立したことになるわけですが、当該合意も2段階に分けられます。

少子高齢化における採用難の現代において、企業は優秀な学生をできる限り早い段階で確保しようとする傾向にあり、卒業まで1年以上の期間があるなど、入社日まで相当期間がある中で内定合意に至ることも珍しくありません。そうしますと、労使共に労働契約についておおむね合意はしたものの、具体的な労働条件の提示や誓約事項の確認等はなされておらず、単に入社の意思確認を行うことがあり、一般的にこの状態を「採用内々定」と称します。さらに一歩進んで、具体的な条件面での合意、誓約書や身元保証書の提出、採用内定式の実施等まで至った状態を「採用本内定」と称しています。

「採用内々定」の時点では、書面のほかメール・SNS等でお互いの意思確認を行うことが通常であり、正式な合意形成には至っていないというのが一般的な解釈ですが、内々定と本内定との違いに明確な基準がないため、どちらに該当するかは採用事情により判断することとなります。

採用内定ついて、法的には「始期付解約権留保付労働契約」と解されています。聞き慣れない言葉ですが、「始期付」とは、就労開始日が定められていることを意味し、「解約権留保付」とは、内定取消し事由が発生した場合に使用者が内定を取り消す権利を有していることを意味します。つまり採用内定とは、これら二つの性質を併せ持った労働契約ということになります。

内定取消しの有効性

内定者は入社を期待して他社のオファーを断っている場合もあるため、このような内定者が法的保護に値するのかが問題となります。リーマンショックに端を発する不況下では、2,000人超の内定取消しが発生し、社会問題となりました。

採用内定の段階では使用者に解約権が認められていますが、無制限に解約できるものでもなく、判例では「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって(中略)、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」との判断基準が示されています。

某テレビ局にアナウンサーとして入社が決まっていた女性が、銀座のクラブでホステスとしてアルバイトをしていた事実が発覚し、内定取消し騒動となったことは記憶に新しいところです。テレビ局側は、ホステスの経歴が「高度の清廉性を求められるアナウンサーにふさわしくない」という理由で内定取消しをしたようですが、本人が訴えを起こしたため裁判にまで発展しました。その後和解し、予定どおり入社され現在もアナウンサーとして活躍されています。

入社日までに、学校を卒業できない、虚偽申告が発覚する、刑事罰等の不法行為・不適格事由が発生するなど、内定者側の事由により採用内定を取り消すことがありますが、もめないためには、具体的に取消し事由を明示しておくことです。

経営悪化による内定取消し

コロナ禍において経営状況が悪化したり、悪化することが見込まれたりすることで雇用調整を迫られる企業も出てきます。既雇用者を解雇する前に採用内定を取り消すという判断は理解するところですが、その場合でも法的には、整理解雇に準じた検討が求められます。つまり、整理解雇の4要素(①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③人選の合理性、④手続きの妥当性)に即して、内定取消し回避努力を尽くすなど、企業としての最大限の経営努力を行うことが求められ、「新型コロナウイルスの感染拡大の影響により」といった抽象的な理由ではなく、財務諸表等の客観的な資料を根拠とした具体的な検討や社員説明などの対応が必要となります。

最後に

内定取消しが容易でないことはご理解いただけたと思いますが、やむを得ず内定取消しを行う場合は、役員報酬の減額を含めた経費削減措置を講じたり、助成金を活用したりするなど、企業としての最大限の経営努力を行う必要があります。不当な内定取消しについては、地位確認請求が認められ賃金の支払い義務が生じるほか、債務不履行や不法行為を根拠とした損害賠償請求が認められる場合がありますので、ご留意ください。

内定取消しの法的性質と有効性のイメージ

野田 好伸

社会保険労務士法人
大野事務所パートナー社員

野田 好伸
(特定社会保険労務士)

大学卒業後、社労士法人ユアサイドに入所し社労士としての基本を身に付ける。その後6年の勤務を経て、2004年4月に大野事務所に入所する。現在はパートナー社員として事務所運営を担いながら、人事労務相談、人事制度設計コンサルティングおよびIPO支援を中心とした労務診断(労務デュー・デリジェンス)に従事する。