法律相談
2022.09.14
不動産お役立ちQ&A

Vol.77 賃貸物件を譲渡する場合の賃借人の個人情報


Question

自社所有の賃貸物件の売却を検討しています。売買契約前に、賃借人の同意を得ることなく、賃借人の名前や賃貸借の契約内容などの個人情報を購入検討者に提供してもよいでしょうか。

Answer

個人データの第三者提供は禁じられていますが、合併その他の事由による事業の承継に伴って個人データを提供することは、第三者提供にはあたりません(個人情報保護法27条5項2号)。賃貸物件の売買によって賃貸人の地位が移転することは、事業の承継と考えられるので、賃借人の同意がなくても、購入検討者に賃借人の名前や賃料などを伝えることができます。

1. 個人情報の第三者提供禁止

(1) 個人情報は、いったん本人のもとを離れると、本人の意思とかかわりなく不当に利用されるおそれがあります。そのため、個人情報保護法によって、個人情報取扱事業者は、法令に基づく場合などを除き、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならないものとされています(個人情報保護法27条1項)。賃貸借における賃借人の氏名、賃料その他の契約に関する事項は個人情報です。賃貸物件の所有者が、賃借人の契約情報を第三者に提供することは個人情報保護法に抵触します。

(2) 他方で、不動産売買における売主は、契約締結の可否の判断に影響を及ぼすことが予想される重要な事項を認識している場合には、売買契約に付随する信義則上の義務として、購入希望者に対してその事項について説明すべき義務があります(東京地判平成28.3.11-2016WLJPCA0311808)。賃貸物件を購入した場合、買主は賃貸人の地位を当然承継しますから(民法605条の2第1項)、賃借人との契約に関する事項は、購入検討者にとっての重要な事項です。購入検討者に対して、売買契約締結前に賃借人の氏名や賃料などを伝えておくことは、売主の義務です。

しかしながら、このような売主の義務を果たすことは、個人情報保護法の観点からみると個人情報の第三者提供として違法行為になる可能性があるため、検討が必要となります。

2. 賃借人の個人データ提供に関する取扱い

ところで、個人情報保護法には、個人データの第三者提供における第三者について、「合併その他の事由による事業の承継に伴って個人データが提供される場合」に、個人データの提供を受けるものは、第三者提供における、第三者に該当しないと定められています(個人情報保護法27条5項2号)。事業承継のための契約締結前の交渉段階で、承継の相手方に調査目的で個人データを提供する場合は、第三者提供にはあたりません。

この条文の射程に関しては、個人情報保護委員会から、「不動産売買契約に付随して、不動産の売主から買主に対して、当該不動産の管理に必要な範囲で当該不動産の賃借人の個人データが提供される場合には、当該不動産に係る事業の承継に伴って個人データが提供される場合と評価することができるため、法第27条第5項第2号に基づくものとして、本人の同意を得る必要はないものと解されます。そして、不動産所有者が売買契約締結前の交渉段階で、当該不動産の購入希望者から、当該不動産に関する調査を受け、当該不動産の賃借人に係る個人データを提供する場合は、実質的に委託または事業の承継に類似するものと認められるため、あらかじめ賃借人本人の同意を得ることなく、個人データを提供することができます」という解釈が示されています。売買契約前に、賃貸物件の購入の調査検討がなされている場合には、購入検討者は第三者に該当せず、賃借人の同意を得ずに、購入検討者に賃借人の名前や賃料などを伝えることが許されるということになります(個人情報保護委員会ウェブサイト、Q2-11)。

図表 個⼈データの第三者提供禁⽌

図表 個⼈データの第三者提供禁⽌

3. 安全管理措置の遵守

もっとも、「この場合、不動産所有者と当該不動産を購入しようとする者は、当該個人データの利用目的および取扱い方法、漏えい等が発生した場合の措置、不動産所有者と当該不動産を購入しようとする者との交渉が不調となった場合の措置等、当該不動産を購入しようとする者に安全管理措置を遵守させるための必要な契約を締結しなければなりません」というただし書きが付記されています。賃貸物件売却にあたって、購入検討者に賃借人に関する情報提供をする場合には、個人情報の安全管理措置を遵守させるための取決めをしておくことが求められます。

今回のポイント

  • 個人情報取扱事業者は、法令に基づく場合などを除き、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない。
  • 合併その他の事由による事業の承継に伴って個人データが提供される場合には、個人データの提供を受けるものは、個人情報の第三者提供における、第三者に該当しない。
  • 不動産売買契約に付随して、不動産の売主から買主に対して、不動産の管理に必要な範囲で賃借人の個人データが提供される場合には、不動産に係る事業の承継に伴って個人データが提供される場合と評価することができるため、本人の同意を得る必要はない。
  • 賃貸物件売却にあたって買主に、賃借人に関する情報提供をする場合には、個人情報の安全管理措置を遵守させるために必要な契約を締結しなければならない。

渡辺 晋

山下・渡辺法律事務所 弁護士

渡辺 晋

第一東京弁護士会所属。最高裁判所司法研修所民事弁護教官、司法試験考査委員、国土交通省「不動産取引からの反社会的勢力の排除のあり方の検討会」座長を歴任。マンション管理士試験委員。著書に『新訂版 不動産取引における契約不適合責任と説明義務』(大成出版社)、『民法の解説』(住宅新報出版)、『不動産取引における心理的瑕疵・環境瑕疵対応のポイント』『不動産の共有関係解消の実務』(新日本法規)など。