法律相談
2022.10.14
不動産お役立ちQ&A

Vol.78 消防設備の不具合による契約不適合責任


Question

賃貸マンションを購入しましたが、法令上必要な避難ハッチとはしごが錆で使えず、消火器については消防署から交換するよう指示されていたものでした。避難ハッチとはしごの修理費用と、消火器の交換費用を売主に請求することはできるでしょうか。

Answer

避難ハッチとはしごの修理費用と、消火器の交換費用を売主に請求することができます。建物の設備について、契約不適合があると考えられるからです。

1. 契約不適合責任

売買契約では、売主には契約に適合する物を引き渡す義務があります。引き渡した物が契約に適合しないときは、売主は契約不適合責任を負い、買主は、これによって生じた損害の賠償を請求することができます(民法415条1項本文、民法564条)。

建物の売買では、一般に適法な状態にある建物を引き渡すことが売主の契約上の義務です。建物に附属する消防設備が法令に違反していれば、買主は、売主に対して、契約不適合責任を問うことができます。

なお、売主の担保責任に関し、現行民法(2021(令和3)年4月施行)は、改正前の瑕疵担保責任の仕組み(改正前の民法570条、566条)を見直し、契約不適合責任の制度を導入しましたが、改正前も、売買の目的物に瑕疵があるかどうかは、一般的抽象的に決められるのではなく、具体的な売買において予定されていた品質・性能を欠いていたかどうかによるものとされていました(最判平成22.6.1判時2083号77頁)。この考え方は、現行民法の契約不適合においても根幹となっています。したがって、改正前の民法のもとにおいて瑕疵の有無を判断した裁判例は、今後とも先例としての価値を有するものと考えられます。

2. 東京地判令和3.4.13

賃貸マンションの売買契約において、消防設備の瑕疵が問題とされ、損害賠償請求が認められたケースが、東京地判令和3.4.13-2021 WLJPCA04138004です。

売主Yと買主Xは、平成29年7月28日、代金2億8,000万円で賃貸マンションの売買契約(本件売買契約)を締結しました。このマンションは、消防法上の非特定防火対象物(図表)であって、消防設備の設置が義務づけられていたところ、当時の法令上必要とされている避難ハッチとはしごが錆で使えず、消火器については消防署から交換するよう指示されていました。しかし、本件売買契約の締結に際し、YはXに対して、消防設備の不具合(本件不具合)について説明をしていませんでした。

図表 消防法上の防火対象物

消防法上の防火対象物

判決では、『本件不具合のうち、避難器具(避難ハッチおよびはしご21台)については、全部が錆および腐食により使用時に脱落の危険が生じている状態であることに照らすと、消防法17条1項所定の基準を満たさない消防設備の不備であることは明らかである。また、消火器1台については、点検結果が「良」と判定され、交換が望ましいとの記載にとどまるものの、平成22年11月頃に消防当局から交換を求められたにもかかわらず、その交換を失念していたものであることに照らすと、消防法等関連法規の基準を満たさず、同法17条1項所定の基準を満たさない消防設備上の不備であると推認される。これらの消防設備の不備は、通常有すべき品質、性能を有していないことにほかならないから、民法570条にいう瑕疵に当たるものというべきである。

Yは、本件不具合は経年劣化の域を出るものではなく、Xが本件売買契約において現状有姿で本件建物を購入する意思であったことに照らすと、瑕疵には当たらない旨主張する。

しかし、通常の買主は、たとえ設備が老朽化しているとしても、法令に適合した状態であることを期待して物件を購入することが通常である。そうすると、法令に適合しない状態は、通常有すべき品質、性能ということはできない。この点に関連し、Yは、消防当局から本件不具合について立入検査に基づく、指導、警告、措置命令等を受けていない以上、法令に適合しないものではないとも主張するが、消防当局が法令に適合していないことを認識していないだけにすぎない可能性もあることに照らすと、上記の認定判断を左右するものではない』として、本件不具合が瑕疵であると認定し、消防設備の法令違反を是正するための工事費用について、XのYに対する損害賠償請求を認めています。

今回のポイント

  • 売買契約において、引き渡された目的物が契約不適合であるときは、売主は契約不適合責任を負う(民法415条1項本文、564条)。建物の売買では、一般に適法な建物を引き渡すことが契約の内容である。
  • 賃貸マンションの売買において、引き渡された建物に消防設備の法令違反があれば、これを是正するための費用については、買主は、売主に対して、損害賠償請求をすることができる。
  • 現行民法では、瑕疵担保責任の制度は廃止されているが、改正前の民法でも、目的物の瑕疵は、具体的な売買において予定されていた品質・性能を欠いていたかどうかで判断されていたのであり、改正前の民法のもとにおいて瑕疵の有無を判断した先例は、今後も契約不適合を判断するための先例として有用である。

渡辺 晋

山下・渡辺法律事務所 弁護士

渡辺 晋

第一東京弁護士会所属。最高裁判所司法研修所民事弁護教官、司法試験考査委員、国土交通省「不動産取引からの反社会的勢力の排除のあり方の検討会」座長を歴任。マンション管理士試験委員。著書に『新訂版 不動産取引における契約不適合責任と説明義務』(大成出版社)、『民法の解説』『最新区分所有法の解説』(住宅新報出版)など。