最近、所有者になりすまして不動産を売却するという事件が多く起きているようです。仲介業者としては、なりすましによる不正な取引にかかわらないようにするために、本人確認について、どのような注意をすればよいでしょうか。
Answer
本人確認は、一般的には運転免許証などの公的書類を確認すれば足ります。しかし、売主を名乗る者がなりすましであることを疑うに足りる事情がある場合は、これに加えて、必ず、売主の自宅を訪れる、自宅宛てに郵便物を送付する、複数の書類の提示を求める、売主を名乗る者に不審事由の詳細について尋ねる、などの対応をしなければなりません。
1. 宅建業者の責任
宅建業者は、仲介を行うに当たっては、依頼者のために、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務(善管注意義務)を負います(民法644条、656条)。売買や賃貸借の当事者が、本人かどうかを確認すること(本人確認)は、宅建業者の基本的な義務です。面識がない者から売却の依頼を受けたり、面識のない相手方とする取引を行うに際しては、少しでも不審な点があれば、『居宅または勤務先などに連絡するとか、または同所に行ってこれを確認する』など、十分に調査を尽くさなければなりません(東京地判昭和34.12.16判時212号29頁)。
今般、所有者と名乗る者が真実の所有者ではなかったのに、宅建業者が適切な本人確認を怠ったために、買主が土地の所有権を取得できなかった事案について、宅建業者の責任を認めたケースが公表されました。(東京地判令和3.10.27-2021WLJPCA10278021)。
2. 東京地判令和3.10.27
このケースは、買主Xが、Zの仲介により、平成26年9月12日、M銀行O支店において、土地の所有者Eを名乗るFとの間で、代金1億8,240万円、Eを売主とする土地の売買契約を締結し、同月16日、Fに代金全額を支払ってしまったという事案です。契約締結のための準備の打合せから契約締結まで数日しかなく、また、Eを名乗るFは、妻に取引を知られたくないなどといって、自宅への来訪を拒んでいたという事情がありました(図表)。
〈不審事由〉
- ・打合せから決済日までが短期間
- ・Fは、自宅への来訪を拒んでいた
- ・決済方法が、当日、銀行振込から預金小切手に変更となった
- ・当然答えられるはずの質問に答えられない
判決では、次のとおり述べてZの責任を認めました。『Zは、Xに対する不動産仲介契約上の善管注意義務に基づき、売主の本人確認をする注意義務を負うところ、一般的には運転免許証を確認することで足りると解すべきであるが、売主を名乗る者がなりすましであることを疑うに足りる事情(本人性に係る不審事由)がある場合は、運転免許証の確認に加え、売主の自宅を訪れる、同自宅に郵便物を送付する、売主を名乗る者に本人性に係る不審事由の詳細について尋ね、回答に不自然な点や矛盾点があるか否かを調査する等の方法をもって、売主がなりすましでないことを確認する義務を負うというべきである』、『本件売買契約は1億8,000万円を超える高額の取引であるにもかかわらず、打合せの日から決済日までには数日しか猶予がなく、しかも、Fは、自宅に来た場合はこの話は壊れるなどとして、自宅を訪問することを拒絶している。高額の取引であれば、買主の資金調達等の都合から、決済までに一定の期間を空けることが通常であり、他方、本件売買契約の関係者が売主の自宅を訪問したとしても、その妻に本件売買契約のことを知られないようにすることは可能であって、自宅への訪問自体を殊更に拒絶する合理的理由は想定し難い。そうすると、Fが打合せから数日のうちにXに高額の資金を用意させた上、取引が壊れるとまで述べて自宅への訪問自体を拒絶するという事実経過は、本件Eの本人性に係る不審事由に当たるというべきである』。
3. まとめ
本件では、このほかにも、売買契約当日に決済方法が銀行振込から預金小切手に変更されていたり、Fが土地の取得時期や転居前の住所などを聞かれても、わからないと答えていたなど、Fが真の所有者であることを疑わせる事情がありました。
宅建業者にとって本人確認は基本的な義務です。なりすましによる取引に関わってしまうことがあれば、当然買主の受けた損害は宅建業者の負担になってしまいますから、十分な注意が必要です。
なお、宅建業者には、依頼者との関係で本人確認の義務があるほか、犯罪収益移転防止法においても、定められた方法によって本人確認の義務があることを、この機会に確認しておいていただきたいと思います。
今回のポイント
- 最近、所有者になりすまして不動産を売却するという事件が多くなっている。
- 本人確認については、一般的には運転免許証などの公的書類を確認すれば足りる。
- しかし、売主を名乗る者がなりすましであることを疑うに足りる事情がある場合は、書類の確認だけでは足りない。必ず、売主の自宅を訪れる、自宅に郵便物を送付する、売主を名乗る者に不審事由の詳細について尋ねるなどの対応をしなければならない。
- 宅建業者には、依頼者との関係で本人確認の義務があるほか、犯罪収益移転防止法においても、定められた方法によって本人確認をしなければならない義務がある。
山下・渡辺法律事務所 弁護士
渡辺 晋
第一東京弁護士会所属。最高裁判所司法研修所民事弁護教官、司法試験考査委員、国土交通省「不動産取引からの反社会的勢力の排除のあり方の検討会」座長を歴任。マンション管理士試験委員。著書に『新訂版 不動産取引における契約不適合責任と説明義務』(大成出版社)、『民法の解説』『最新区分所有法の解説』(住宅新報出版)など。