法律相談
2024.11.14
不動産お役立ちQ&A

Vol.103 担保責任を制限する特約


Question

当社は事業法人です。宅建業者ではありません。従業員の保養所(戸建て建物)を、契約不適合責任を負わないという約定で売却しましたが、売却後、買主から、建物に8.3/1000程度の傾斜があるとして損害賠償を求められています。当社には責任があるのでしょうか。建物が傾斜しているということは、買主に引き渡したあとにはじめて聞きました。

Answer

損害賠償責任はありません。契約不適合責任を負わないという約定は有効だからです。

契約不適合責任(瑕疵担保責任)の免責

売買契約において、引き渡された目的物が種類、品質または数量に関して契約の内容に適合しないものであるときには、売主は契約不適合責任を負います(民法562条1項・564条・415条)。契約不適合責任の内容は、①追完請求、②代金減額請求、③損害賠償請求、④契約解除の4つです。引き渡された目的物が契約不適合であって、買主に損害が生じたときには、買主は、売主に対して、損害賠償を請求することができます(同法564条・415条)。

もっとも、民法上の売主の契約不適合責任は、当事者の意思を補充するための規定です。当事者の意思が契約上明確であれば、民法の規定は適用されません。当事者が物の欠陥(瑕疵)について、担保責任を負わないと取り決めていれば、取決めに従います。

ただし、担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても、知りながら告げなかった事実については、売主はその責任を免れることができません(民法572条)。

以下、戸建て住宅の売買において、引き渡された建物に傾斜があったことを理由として、買主が売主に対して損害賠償を請求したけれども、瑕疵の対象範囲を制限する特約があったとして、裁判所が請求を否定したケースを紹介します(東京地判令和4.2.24-2022WLJPCA02248009)。

東京地判令和4.2.24

(1)買主Xは、令和元年7月4日、土地建物(このうち建物を「本件建物」という)について、売主Yとの間で売買価格5,100万円とする売買契約を締結した(本件契約)。本件建物は、平成17年新築、代表者家族の別荘や従業員保養所として、年間数日利用していたものである。XとYは、いずれも宅建業者ではない事業法人である。

売買契約書には、「売主は、買主に対し、土地の隠れたる瑕疵および次の建物の隠れたる瑕疵についてのみ責任を負います」とする条項(本件瑕疵条項)があり、売主が責任を負うべき建物の隠れたる瑕疵として、①雨漏り、②シロアリの害、③建物構造上主要な部位の木部の腐食、④給排水管(敷地内埋設給排水管を含む)の故障の4項目が定められていた。

(2)Xは、購入後、本件建物の床に傾斜がある(6.8~8.3/1000)として、Yに対して、損害賠償を請求した。

(3)判決では、本件建物の床の傾斜が瑕疵に該当するかどうかに言及することなく、本件瑕疵条項によって、損害賠償を請求することはできないとして、Xの請求を認めなかった(図表1)。

図表1:裁判例の経緯

図表1:裁判例の経緯

裁判所の判断

判決では、本件瑕疵条項による責任制限については、『本件契約は、中古建物の売買契約であるところ、売主が「次の建物の隠れたる瑕疵について“のみ”責任を負います」として、瑕疵担保責任の対象となる瑕疵を明確に定めている。

Xは、本件建物には建物構造上主要な部位において構造耐力上危険と判断される瑕疵があるなどとして、Yの責任が制限されるべきではないとの主張をする。しかしながら、平成29年法律第44号による改正前の民法570条は「売買の目的物に隠れた瑕疵があったとき」に売主の責任を認めているところ、本件契約は建物について特に責任範囲を明示して制限していること、建物の隠れた瑕疵は多様なものが想定でき、これを明示的かつ具体的に制限するのは当事者の合理的意思に沿うと考えられる。そうすると、本件契約にかかる契約書その他の文言を超えて、売主の責任を認めるべきとはいい難い。

そして、Xの主張する瑕疵は、いずれも、本件瑕疵条項に定める事由に該当するとは認められない』として、Xの請求は、本件瑕疵条項により制限されるとした。

また、Yが瑕疵の存在について悪意であったかどうかにつていては、『Y代表者が1階部分の床が中央に向かって沈み込んでいた点を認識していたのを除き、現象の存在を認識していたとは認められないし、本件建物の利用状況から、それが不自然とも思われない』として、Yが悪意であったことを否定した。

まとめ

本件は契約内容(特約)の問題として解決されたために、建物の傾斜の状況についての検討が加えられませんでしたが、土地建物の売買では、建物の傾斜も重要な確認調査事項です。建物の傾斜の程度については、住宅品質確保法に基づいて住宅紛争処理の参考となるべき技術的基準が定められています(図表2のとおり)。この機会にその概要を確かめておいていただきたいと思います。

図表2:各不具合事象ごとの基準

図表2:各不具合事象ごとの基準
平成12年7月19日建設省告示第1653号 第3各不具合事象ごとの基準

渡辺 晋

山下・渡辺法律事務所
弁護士

渡辺 晋

第一東京弁護士会所属。最高裁判所司法研修所民事弁護教官、司法試験考査委員、国土交通省「不動産取引からの反社会的勢力の排除のあり方の検討会」座長を歴任。マンション管理士試験委員。著書に『新訂版 不動産取引における契約不適合責任と説明義務』(大成出版社)、『民法の解説』『最新区分所有法の解説』(住宅新報出版)など。