おじのAは、甲土地を私に遺贈するという遺言をして亡くなりました。ところが、Aはこの遺言をした後、宅建業者に甲土地の売却を依頼し、媒介契約を締結していました。しかし、売却はなされていません。Aの相続人Xは、売却のための媒介契約の締結によって、遺言が撤回されたことになると主張しています。遺言は撤回されたことになるのでしょうか。
Answer
媒介契約を締結しただけでは、遺言は撤回されたことにはなりません。売買契約が成立していれば、遺言と抵触する行為が行われたものとして、甲土地を遺贈するという遺言は効力を失いますが、媒介契約を締結しただけでは、遺言と抵触する行為にはなりませんから、遺言は撤回されておらず、有効です。
遺言の撤回
相続財産は、被相続人の意思にしたがって取り扱う必要があります。そこで、被相続人(遺言者)の意思を実現するために、遺言の制度が設けられています。
もっとも、遺言が効力を生じるのは相続発生時です。いったん有効に遺言が成立しても、時間の経過のなかで遺言者の意思が変わることも想定されます。そこで、遺言によって遺言者の最終意思を重視するために、民法上「遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部または一部を撤回することができる」と定められています(民法1022条)。
加えて、明示的に遺言を撤回した場合だけではなく、前の遺言と抵触する遺言を後に行った場合についても、「その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす」(民法1023条1項)とされ、さらに「前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する」(同条2項)として、遺言と抵触する処分もまた、遺言の撤回とみなされています。
東京地判 平成30.12.10判タ1474号243頁
1.事案の概要
(1)Aは、平成21年2月23日、めいのBを受贈者として、A所有の土地および建物(本件不動産)について、受贈者に遺贈する旨の自筆証書遺言(本件遺言)を作成した。XはAの子であるが、受贈者とされていない。
(2)本件遺言当時は、BはAの生活の面倒をみるなどAとBは良好な関係であったが、その後AとBの関係が悪化し、親族としての関係を絶つまでに至った。そのために、Aは、本件不動産の売却を考え、宅建業者との間で専任媒介契約を繰り返し締結していた。もっとも売買契約は締結されなかった。
(3)Aは、平成29年4月22日に死亡した。XがAの唯一の相続人である。Yが平成29年9月21日、家庭裁判所により本件遺言の遺言執行者に選任された。
(4)Xは、Aの生前にAとBの関係が悪化しており、Aは本件不動産を売却するため、不動産業者との間で専任媒介契約を繰り返し締結し、本件不動産を売却する意思を示していたものであって、民法 1023条2項により遺言は撤回されているから、Xは相続により同本件不動産を取得しているなどとして、Yに対し、Xが相続によって本件不動産を所有することの確認を求め、訴えを提起した。
(5)裁判所は、遺言が撤回されたという主張を認めず、Xの請求を棄却した。
事案のイメージ

2.裁判所の判断
判決では、まず民法1023条2項について、『遺言者がした生前処分その他の法律行為に表示された遺言者の最終意思を重んずるにあることから、同項にいう「抵触」とは、単に、後の生前処分その他の法律行為を実現しようとするときには前の遺言の執行が客観的に不能となるような場合にのみとどまらず、諸般の事情より観察して後の生前処分その他の法律行為が前の遺言と両立せしめない趣旨のもとにされたことが明らかである場合をも包含する』という理解を示しました。
そのうえで、Aが本件不動産につき、媒介契約を締結している点について、『確かに、本件媒介契約締結等の結果、相手方たる不動産会社において、本件不動産の買主を発見、媒介し、Aと同買主との間で本件不動産を買主に売却する旨の売買契約が締結された場合には、売買契約により本件不動産の所有権が同買主に移転されることになるため、かかる売買契約の締結は本件遺言に抵触することとなる。
しかしながら、本件媒介契約締結は、必ずしも売買契約の成約をもたらすものではなく、成約に至る前に媒介契約の有効期間が経過することも当然にあり得るものである。
そして、成約に至る前に媒介契約の有効期間が経過した場合には、Bに本件不動産を遺贈する旨の本件遺言の執行が客観的に不能となるものでないから、ほかに、本件各媒介契約締結等と相まって、これらが、Bに本件不動産を遺贈する旨の本件遺言と両立せしめない趣旨のもとにされたことが明らかとなるような事情の認められない限り、本件媒介契約締結等が本件遺言と抵触するということはできない』のであって、本件遺言が撤回されたものとみなすことはできないと判断しました。

山下・渡辺法律事務所
弁護士
渡辺 晋
第一東京弁護士会所属。最高裁判所司法研修所民事弁護教官、司法試験考査委員、国土交通省「不動産取引からの反社会的勢力の排除のあり方の検討会」座長を歴任。マンション管理士試験委員。著書に『新訂版 不動産取引における契約不適合責任と説明義務』(大成出版社)、『民法の解説』『最新区分所有法の解説』(住宅新報出版)など。