マンションの住戸を購入しましたが、購入後に多額の管理費滞納があったことが判明して、売買を合意解除しました。ところが、合意解除の後になっても、管理組合から管理費の支払いを求められています。私には管理費を支払う義務があるのでしょうか。
Answer
1.管理費支払義務はない
合意解除によって売買契約は当初から存在しないものと扱われますから、管理費を支払う義務はありません。
2.特定承継人の
滞納管理費支払義務
さて、マンション管理における管理費を確保するため、管理費の滞納があるマンションの住戸を譲り受けた者(特定承継人)は、滞納管理費の支払義務を引き継ぐものとされています(区分所有法7条、8条)。いったん滞納管理費の支払義務を負担した以上は、その後住戸を譲り渡しても、特定承継人としての支払義務を免れません[大阪地判平成21.3.12(判タ1326号275頁)、大阪地判平成21.7.24(判タ1328号120頁)]。
3.東京地判平成29.9.22
約700万円の滞納管理費の支払義務があるマンションの住戸を、AがBに代金550万円で売却したものの、購入後に多額の滞納管理費があったことがわかったために売買契約が合意解除になった場合において、合意解除後にもBに管理費支払義務があるかどうかが問題になった事案が、東京地判平成29.9.22(LLIL07230567)です。
まず、Bはいったん住戸の譲受人となっていますから、住戸の権利者でなくなった後にも特定承継人として管理費の支払義務を免れないと考える余地もありますが、合意解除により特定承継人ではなくなっていることから、特定承継人としての義務を負うものではありません。
また、民法545条1項で解除の効力につき「第三者の権利を害することはできない」と定めているため(同項ただし書き)、管理組合が合意解除後の第三者にあたり、その権利を害することはできないと考えられる可能性もあります。しかし、判決では、「一方当事者の債務不履行を理由とする合意解除や他方当事者の一方的意思表示による解除においても、当該解除により解除の対象となった契約が遡及的に消滅することによって、第三者の権利を害することはできない(民法545条1項ただし書き参照)。しかしながら、契約解除の遡及効を制限して第三者を保護するという趣旨に鑑みれば、ここにいう第三者とは、解除の対象となった契約関係を前提として、これが解除されるまでの間に、当該契約の目的物について別個の新たな権利関係を取得した者をいう」として民法545条1項の第三者の範囲を画したうえで、「管理組合がBに請求するのは、Bが本件売買契約に基づき本件専有部分の区分所有権等を取得するより前に既に発生していた管理費等であるところ、この既発生の管理費等については、本件管理組合が、Bが本件専有部分の区分所有権等を取得したことを前提として別個の新たな権利関係を取得したという関係にはない」と述べ、Bに対する請求を否定しました。
4.まとめ
管理費債権の消滅時効は5年ですが(最判平成16.4.23判時1861号38頁。改正後の民法166条1項2号)、民法には、「時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない」と定められており(同法145条)、訴訟の場で時効消滅の援用がなされずに判決が確定すれば、5年の期間が経過していても、管理費の支払義務が確定します。「確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利については、10年より短い時効期間の定めがあるものであっても、その時効期間は、10年とする」とされています(改正後の民法169条1項)。
東京地判平成29.9.22は、長期にわたる管理費が滞納されていたところ、以前に訴訟により滞納管理費の支払いが求められた際、時効の援用がなされなかったことから、5年以上前の滞納管理費についても、確定判決により10年間支払義務があることが確定していた事案でした。売買契約が合意解除になったのは、売主が5年超の期間が経過した管理費債務は時効消滅していると誤解をしていたという事情があったようです。
宅建業者がマンションの住戸の売買を仲介する際には、滞納管理費の状況について十分に精査し、これを正しく当事者に説明をしておかなければなりません。
今回のポイント
- 民法545条1項は、契約が解除された場合に第三者の権利を害することはできないと定めているところ、ここでいう第三者は、解除の対象となった契約関係を前提として、これが解除されるまでの間に、契約の目的物について別個の新たな権利関係を取得した者をいう。
- 売買契約がいったん締結された後に売買契約が合意解除となった場合、管理組合は民法545条1項にいう第三者にはあたらない。
- 時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができないのであり、当事者が時効の援用をせずに判決が確定した場合には、消滅時効の主張はできなくなる。
- 消滅時効に関し、確定判決によって確定した権利については、10年より短い時効期間の定めがあるものであっても、その時効期間は10年となる。
山下・渡辺法律事務所 弁護士
渡辺 晋
1980年一橋大学卒業、三菱地所入社。1989年司法試験合格。1990年に三菱地所退社。1992年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。マンション管理士試験委員。近著に『民法改正の解説』(2017年6月、住宅新報出版)など多数。