法律相談
2021.05.14
不動産お役立ちQ&A

Vol.61 取引価格についての調査・説明


Question

宅建業者から節税目的で勧められた不動産を、その宅建業者から5,800万円で購入しましたが、購入後、売買価格が取引相場よりも大幅に高額であったことが判明し、結局4,300万円で第三者に売却せざるを得なくなりました。購入額と売却額の差額について、売主である宅建業者に損害賠償請求をすることができるでしょうか。

Answer

1. 回答

宅建業者から十分な情報が与えられず、かつ、合理的な理由がないのに高額な価格による売買契約を締結させられたという事情があれば、宅建業者に損害賠償請求をすることができます。

2. 売買価格を決定するための情報収集

売買契約を締結するにあたって、売買価格を決定するための情報の収集は、本来、購入者が自ら責任をもって行わなければなりません。しかし、一般の人々にとって不動産取引は数多く経験するものではなく、かつ、不動産の価格は極めて専門性の高いものです。そのため、不動産取引の仲介を行う宅建業者は、依頼者に対して価格に関する適切な情報提供をすることが求められます。

この点について、東京地判平成元.3.29判時1344号145頁では、「有償で不動産売買を仲介する者は、あらかじめ依頼者により指値を指示されて仲介を委任された場合などを除き、原則として、善良な管理者としての注意義務をもって、取引相場価格の調査をなし、依頼者の利益となるような売買条件の策定に向けて努力する義務を負う」と述べています。

宅建業者の取引価格に関する情報提供が不適切であったために損害賠償責任が認められた事案が、東京地判平成6.9.21判時1538号198頁です。

3. 東京地判平成6.9.21

(1)事案の概要

Xは歯科医であり、Yは宅建業者である。Xは節税対策および収支管理をYに委託しており、節税対策のひとつとして、Yに賃貸マンションの紹介を依頼した。

これを受けてYは、Aマンションを紹介し、売買代金4,900万円で購入することを勧めたが、当初、Xは価格が高すぎることから、購入を見送った。

もっとも、その後Yから、ほかに適当な物件がないという話を聞き、XはAマンションを代金5,800万円で購入した。購入時にはAマンションはY所有となっており、購入手続は、Xから依頼を受け、Yにより行われた。Yは前所有者との間で売買代金4,500万円で取得する契約をしていたが、この点に関する情報はXには伝えられなかった。

しかし、Aマンションの時価は、せいぜい4,000万円にすぎなかったものであったことから、結局、Xは第三者に4,300万円でこれを売却した(図表1)。

図表1 東京地判 平成6.9.21

東京地判 平成6.9.21

XはYに対して、購入代金と売却価格の差額1,500万円の支払いを求めて、訴えを提起した。裁判所は、次の理由を述べて、Xの請求を認めた。

(2)裁判所の判断

「YはXに対し、不動産売買の媒介ではなく、Yがその売主の立場に立つとしても、Xが不動産を買い受けるか否かにつき的確な判断ができる情報を提供する義務があるというべきである。特に、本件においては、Xはいったん本件不動産の購入をその価格が高すぎることを理由に断っていたのであるから、それを知りながらYが再度本件不動産の購入を勧める以上、右情報提供の義務は一層増すものというべきである。

ところが、Yは、Xに対し十分な情報も与えず、かつ、合理的な理由もなく、より高額な売買契約を締結させているのであるから、Yの右行為は債務の本旨に従った履行とは到底評価することができない(むしろ、本件にあっては、正確な情報が与えられさえしていれば、Xは、本件売買契約を締結しなかったであろうことが十分推認できる)」。

(3)新しい仕組みにおける不動産業者の役割

近年、特に宅建業者の情報提供義務が問題とされている取引が「リースバック」です。リースバックは、自ら所有する土地建物を自宅として居住している者が、土地建物を売却して購入代金を取得するとともに、建物を賃借し、そのまま居住を続けられるという仕組みで、高齢化社会における新たな居住のスタイルを提供するものとして活用が期待されています(図表2)。

図表2 リースバック取引

リースバック取引

しかし他方で、自宅の売主に対して、取引価格についての適切な情報提供がなされないまま、不動産業者が買主となって売買がなされるようなことがあれば、一般消費者の利益が不当に害されるとともに、取引の仕組み自体に対する信頼を損なうことにもなってしまいます。不動産業者の皆さまには、この機会に、取引価格に関する情報提供の重要性を改めて確認していただきたいと思います。

今回のポイント

  • 売買価格を決定するための情報の収集は、本来、売買契約の当事者が自ら責任をもって行うべきである。
  • しかし、一般の人々は頻繁に不動産取引に関わることはなく、また、不動産の価格は極めて専門性の高いものであるため、宅建業者は依頼者に対して、価格についてできるだけの情報提供をしなければならない。
  • 宅建業者が、売買契約の当事者に対して十分な情報を与えることなく、かつ、合理的な理由もなく、より高額な売買契約を締結させたという事情がある場合には、宅建業者は、売買契約の当事者がこれによって被った損害賠償責任を負うことになる。

渡辺 晋

山下・渡辺法律事務所 弁護士

渡辺 晋

第一東京弁護士会所属。最高裁判所司法研修所民事弁護教官、司法試験考査委員、国土交通省「不動産取引からの反社会的勢力の排除のあり方の検討会」座長を歴任。マンション管理士試験委員。著書に『新訂版 不動産取引における契約不適合責任と説明義務』(大成出版社)、『民法の解説』『最新区分所有法の解説』(住宅新報出版)など。