私の母は高齢のため、握力が弱くなって視力も下がり、ひとりでは上手に字を書くことができません。そのために、私が添え手をして補助し、自筆証書遺言を作成してもらおうと思っています。添え手をして作成した自筆証書遺言の効力については、どのような問題があるでしょうか。
Answer
1. 回答
添え手による補助が遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、または、遺言者の手の動きが遺言者の考えのとおりであり、単に筆記を容易にするための支えを借りたにとどまる場合には、自筆証書遺言は有効です。しかし、筆跡のうえから、添え手をした他人の意思が運筆に介入した形跡のないことが判定できなければ遺言は無効です。一般的には、添え手をした自筆証書遺言の効力は、否定されることが多くなります。
2. 遺言
(1)自筆証書遺言
遺言は、被相続人の意思を相続人に伝え、相続を円滑に進めるための仕組みです。遺言の方法としては、無効になる危険性がないことから、公正証書による方法が一般的ですが、公正証書を作成することができない場合には、自筆証書による遺言をすることになります。自筆証書遺言は遺言者が遺言書の全文、日付および氏名を自書し、押印することによって作成する遺言です(民法968条1項)。
ところで、加齢にともなう身体的な能力の衰えによって、ひとりで文字を書くことが難しくなった場合に、添え手によって補助を受けたうえでの自筆証書遺言の作成が検討される場合があります。
(2)最高裁の考え方
添え手による補助を受けた遺言の効力については、最高裁によって「自書が要件とされるのは、筆跡によって本人が書いたものであることを判定でき、それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができるからにほかならない。そして、自筆証書遺言は、他の方式の遺言と異なり証人や立会人の立会を要しないなど、最も簡易な方式の遺言であるが、それだけに偽造、変造の危険が最も大きく、遺言者の真意に出たものであるか否かをめぐって紛争の生じやすい遺言方式であるといえるから、自筆証書遺言の本質的要件ともいうべき『自書』の要件については厳格な解釈を必要とする」という前提のもとに、「(1)遺言者が証書作成時に自書能力を有し、(2)他人の添え手が、単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり、かつ、(3)添え手が右のような態様のものにとどまること、すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが、筆跡のうえで判定できる場合」に限って有効という基準が示されています(最判昭和62.10.8判時1258号64頁)。
3. 東京地判 平成30.1.18
遺言作成の様子を動画で撮影し、添え手による補助を受けた遺言者Aの遺言が有効であることを主張しようとしたケースが東京地判平成30.1.18金法2107号86頁です。判決では、「原告らは動画によって本件遺言書の作成過程が記録されている点を強調するが、動画によって遺言書の作成過程が記録されたとしても、当該動画に記録された情報は遺言書そのものとは別個の媒体による情報であり、遺言書のみによって本人が書いたものであることを判定し、それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができない以上、作成過程が動画に記録されていることをもって直ちに『自書』の要件を充たすものと解したり、当該遺言を自筆証書遺言又はこれに相当するものと解したりすることは、法の趣旨に反する」とし、「本件遺言書を見ると、Aが本件遺言書作成当時に自書能力を有していなかった以上、遺言は『自書』の要件を充たしていないというべきである。更に付言すると、動画によれば本件遺言書の記入に当たっては、BがAの手を取っているが、B及びAによる運筆の状況や記入中のAの姿勢、態度等からすると、Bによる補助が遺言者の手を用紙の正しい位置に導くものにとどまるとか、Aの手の動きがその望みにまかされていて単に筆記を容易にするための支えを借りたものにとどまるなどとは認められず、Bの意思がAの運筆に介入した疑いが残るものといわざるを得ない」として、遺言の効力が否定されました。
今回のポイント
- 遺言を作成する方法としては、無効になる危険性がないことから、公正証書遺言を作成する方法が一般的である。
- 自筆証書遺言は遺言者が遺言書の全文、日付および氏名を自書し、押印することによって作成する遺言である。
- 自筆証書遺言の作成について、親族などの他人が添え手によって補助をした場合であっても、補助が遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、遺言者の手の動きが遺言者の望みに任されていて単に筆記を容易にするための支えを借りたにとどまる場合には遺言の効力は肯定される。
- しかし、筆跡の上から、添え手をした他人の意思が運筆に介入した形跡のないことが判定できなければ遺言の効力は否定される。
- そのため、一般的には、添え手をした自筆証書遺言は、無効とされることが多くなる。
山下・渡辺法律事務所 弁護士
渡辺 晋
第一東京弁護士会所属。最高裁判所司法研修所民事弁護教官、司法試験考査委員、国土交通省「不動産取引からの反社会的勢力の排除のあり方の検討会」座長を歴任。マンション管理士試験委員。著書に『新訂版 不動産取引における契約不適合責任と説明義務』(大成出版社)、『民法の解説』『最新区分所有法の解説』(住宅新報出版)など。