賃貸相談
2022.11.14
不動産お役立ちQ&A

Vol.46 家賃の請求と修繕費による相殺


Question

私の所有する賃貸アパートの賃借人の1人が、家賃を3カ月分滞納しています。賃借人に未払い家賃を督促したところ、賃借人が室内の修繕箇所の写真と修繕費の見積書を送ってきて、一定期間内に修繕に応じてくれなければ、賃借人が修繕して、修繕費用と未払い家賃とを相殺するといってきました。
このような賃借人の要求に応じなければならないでしょうか?

賃貸人は滞納者の要求に応じるべきかのイラスト

Answer

賃借人は、修繕が必要な場合には、賃貸人に通知し、賃貸人が相当期間を経過しても修繕に応じないときは、自ら修繕を行うことができ、修繕費用を賃貸人に請求できます。したがって、「修繕が必要」と判断される場合は、賃借人の主張は認められる可能性があります。ただし、「修繕が必要」とは、修繕をしないと、契約目的に応じた賃貸物の使用収益ができなくなるような場合を指し、使用収益をするのに影響のない軽微なものについてまで賃貸人に修繕義務があるとは解されていませんので、修繕の中身を吟味する必要があります。

また、修繕義務は、修繕が可能な場合に認められるもので、修繕が可能か否か、物理的、技術的のみではなく、経済観念も基準とされますので、新築する場合と同様等の高額の費用を要する場合には、修繕義務は認められないと解されています。

1.賃貸物件の修繕義務は誰が負担しているか?

民法上、賃貸人は、賃貸物を賃借人の使用収益が可能な状態にして賃貸する義務を負っており、その結果として、賃貸人は賃貸物の修繕義務を負うとされています(民法606条1項)。

また、「賃貸物の修繕が必要である場合」には、賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、または賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に「必要な修繕」をしないときは、賃借人が修繕をすることができると定められています(民法607条の2)。これを賃借人の修繕権といいます。

2.賃貸物を修繕した費用の負担者は?

賃貸物の修繕義務は原則として賃貸人にありますので、賃貸人が行った修繕費用は賃貸人の負担となります。

それでは、賃借人が自ら修繕を行った場合の修繕費用は誰が負担するのでしょうか。民法では、「賃借人は、賃借物について、賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる」としています(民法608条1項)。「賃貸人の負担に属する必要費」とは、「修繕が必要な場合」に行われた修繕費用がこれにあたります。したがって、修繕が必要な場合に、賃借人が上記の手続きを経て行った修繕の費用は、直ちに賃貸人に償還を請求できますので、賃貸人に請求する通知が届いた日の翌日には弁済期が到来します(民法412条3項)。このため、賃借人の賃料支払債務も、賃貸人の修繕費償還債務も共に弁済期日が到来していますので、賃借人は修繕費と未払い賃料とを相殺することが可能です。

3.「修繕が必要な場合」とは?

もっとも、賃借人が修繕権を行使できるのは、客観的に「修繕が必要な場合」であることが前提です。修繕が必要な場合とは、修繕をしないと、賃借人が賃貸借契約の目的に応じた使用収益ができなくなるという意味であると解されています。裁判例の中には、このことをより厳格に解して、使用収益に著しい支障がある場合に修繕の必要性を認めるものがあります(最判昭和38年11月28日)。

したがって、賃借人からの修繕要求があれば、どんなものでも賃貸人の修繕義務や賃借人の修繕権が認められるとは限りません。

また、修繕義務は、修繕が可能な場合に認められます。修繕が可能か否かは、物理的、技術的な観点のみではなく、経済的観念も基準とされます。このため、新築と同等程度の費用を要するような場合には、修繕不能として、修繕義務が認められないと解される場合もあり得ますので、修繕の要求がなされたときは、修繕の中身をきちんと吟味して、必要性が認められる場合には適切に対応することが必要です。

【参考】

■民法606条1項(賃貸人による修繕等)
賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。
■民法607条の2(賃借人による修繕)
賃借物の修繕が必要である場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その修繕をすることができる。
・賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、または賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。
・急迫の事情があるとき。
■民法608条1項(賃借人による費用の償還請求)
賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。
■民法412条3項(履行期と履行遅滞)
債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う。

今回のポイント

  • 賃貸人は、修繕について、特段の事情のない限り、原則として賃貸物件の修繕義務を負い、修繕が必要な場合に賃借人から修繕の必要性の通知を受けたにもかかわらず、相当期間内に修繕を行わない場合は、賃借人が自ら修繕をする権利を有する。
  • 賃借人が修繕権を行使した場合、その修繕費用は、原則として、必要費として賃貸人の負担となる。
  • 修繕が必要な場合とは、修繕をしないと、契約目的に応じた賃貸物の使用収益ができなくなるような場合を指し、使用収益をするのに影響のない軽微なものについてまで賃貸人に修繕義務があるとまでは解されていない。
  • 修繕義務は、修繕が可能な場合に認められるものであり、修繕が可能か否かは物理的、技術的のみならず経済観念も基準とされるため、新築する場合と同等の高額の費用を要する場合には修繕義務は認められない。

江口 正夫

海谷・江口・池田法律事務所
弁護士

江口 正夫

東京弁護士会所属。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。著書に『不動産賃貸管理業のコンプライアンス』『大改正借地借家法Q&A』(ともに にじゅういち出版)など多数。