賃貸相談
2023.03.14
不動産お役立ちQ&A

Vol.48 解約申入れ後の賃貸建物を購入すると、買主は解約申入れの効果を主張できるか


Question

当社では、賃貸アパートの賃貸人が賃借人に解約申入れをしたものの、急に資金需要が発生したとのことで、解約申入れをして6カ月の期間が満了していない賃貸建物を買ってほしいとの要望を受け、この建物を買い取りました。
賃貸建物の所有権を取得すると賃貸人の地位を承継することになりますが、解約申入れをした地位も当社が承継していると考えてよいのでしょうか。

解約申入れ後の賃貸建物を購入すると、買主は解約申入れの効果を主張できるかの図

Answer

賃貸人が賃貸借契約を期間内解約する場合には、6カ月前の予告が必要であること、正当事由を具備することの2つの要件があります。

解約申入れをした後、6カ月の期間が経過しておらず解約の効力が発生する前に賃貸建物の所有権を取得した場合、賃貸人の地位を承継します。しかし、それに伴い解約申入れをした地位もそのまま承継できるかについては、裁判例は、「正当事由の有無は解約申入れをした賃貸人自身について論ずるのが原則であり、一般的には賃貸人に変更があるときは前賃貸人の解約申入れは、その申入れの基礎である事由の消滅により効力を失うのが原則」とされています。

もっとも、社会通念に照らして、解約申入れの基礎となる事由に変更を生じない特段の事情がある場合には、解約申入れの効果は新賃貸人についても存続する、とされています。

1.賃貸人による賃貸借の解約

民法では、賃貸人による解約は、期間の定めがない場合にはいつでも、期間の定めがある場合には期間内解約条項が設けられている場合に限り、いずれも3カ月の予告をもって解約できると定められています(民法617条、618条)。

しかし、賃貸人による解約は、借地借家法の強行規定により、2つの制約が課せられています。1つは、予告期間は民法の定める3カ月ではなく、賃貸人が期間内解約をする場合に限り6カ月とされ(借地借家法27条)、さらに賃貸人による解約はいわゆる正当事由を具備することが必要とされています(借地借家法28条)。

2.賃貸人の地位の承継と解約申入れの事由の承継

賃貸建物を買い受ければ、買主は、売主の賃貸人たる地位を承継します(民法605条の2第1項)。そうであれば、売主が行った解約申入れをしたことについても買主が承継してよさそうにみえますが、賃貸人による解約申入れについては正当事由を具備することが必要とされています。正当事由の存否は、当該賃貸人と、当該賃借人との間の個別的な事情により判断されるのが原則です。したがって、前賃貸人による解約申入れによる正当事由の判断は、前賃貸人自身について判断されるものですので、裁判例では、「賃貸人の交替ある時は、前賃貸人の解約申入れは、その申入れの基礎である事由の消滅によって効力を失う」との判断を示しています(東京地判昭和26年2月16日)。この裁判例は、長男が所有していた賃貸建物で、長男が、家族が居住するために必要であるとして賃貸借の解約申入れをしたのですが、その後に長男の親が同賃貸建物の譲渡を受けたという事案です。長男とその親は生計を異にしており、長男がした解約申入れの事由がそのまま親についても存在するとは認められないとしています。

3.例外的に解約申入れの事由に変更を生じない場合

上記の裁判例は、例外的に、社会通念に照らし解約申入れの事由に変更を生じないと考えられるような特段の事情の下に賃貸人の交替が生じた場合には、解約申入れの効力がそのまま存続するとしています。

どのような場合がこれに該当するかですが、会社が会社所有の建物を役員社宅として同会社の取締役に賃貸していたところ、会社が経営不振に陥ったため、債務整理のために設立された会社に当該建物を譲渡し、譲渡代金を金融機関への弁済に充てるとともに、当該建物を高額で売却できるよう、あらかじめ前所有者が解約申入れをした後、債務整理のために設立した会社に譲渡をしていたという事案において、解約申入れの事由に変更を生じない特段の事情が認められると判断して、買主である会社からの明渡請求を認めたものがあります(大阪地判昭和33年6月13日)。

正当事由の判断は、賃貸借契約の個別の当事者について判断されるのが原則である、という点にご留意いただくことが必要です。

今回のポイント

  • 賃貸人が賃貸借契約を期間内解約する場合には、「6カ月前の予告が必要であること」「正当事由を具備すること」の2つの要件を満たすことが必要である。
  • 賃貸建物の所有権を取得した者は、前所有者の賃貸人たる地位を承継する。
  • 解約申入れ後、6カ月が経過する前に賃貸建物の所有権を取得したときは、原則として、前賃貸人の解約申入れは、その申入れの基礎である事由の消滅により効力を失う。
  • 例外的に、解約申入れの基礎となる事由に変更を生じない特段の事情がある場合には、解約申入れの効果は新賃貸人についても存続する。

江口 正夫

海谷・江口・池田法律事務所
弁護士

江口 正夫

東京弁護士会所属。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。著書に『不動産賃貸管理業のコンプライアンス』『大改正借地借家法Q&A』(ともに にじゅういち出版)など多数。