賃貸相談
2020.10.14
不動産お役立ちQ&A

Vol.34 ウイルス感染症の拡大と賃料減額請求


Question

貸しビルを経営しています。複数のテナントから、ウイルス感染症の拡大を受け、自治体から休業要請を受けて休業したことに伴い収入が激減したので、賃料を50%ほど減額してほしいと要求されました。長年にわたり当ビルを賃借してもらっているテナントなので、ある程度の減額には応じようと思いますが、あまり多額の減額に応じると、当社としての貸しビル経営が厳しい状態となりかねません。そもそも、ウイルス感染症を理由とする賃料の減額請求に対しては、法的に応じる義務があるものなのでしょうか。

Answer

民法上、ウイルス感染症拡大を理由とする賃料の減額を許容する規定があるかについて、土地の賃借人については、不可抗力によって賃料より少ない収益を得たときは、その収益の額に至るまで、賃料の減額を請求することができるとの規定がありますが、これは建物賃貸借には適用されません。改正民法611条には、賃借人の過失によらず賃借物の一部が使用収益ができなくなった場合は、賃料は、その部分の割合に応じて減額されるとの規定がありますが、営業禁止ではなく、自粛の要請の場合には、一部の使用収益が「不能になった」と判断することは困難だと思われます。借地借家法32条に基づく減額請求は、現在のウイルス感染症の拡大を経済事情の変動とまで評価し得るか、ウイルス感染症拡大により近傍同種の賃料と比較して不相当になったといえるかが問題となりますが、今後の推移をみる必要があります。法的にはともかく、賃貸借の円満な継続を図るため、賃料の減額または支払猶予に応じることも、1つの対応であると考えられます。

1.民法における賃料減額規定

民法上の賃料減額に関する規定を検討します。

(1)改正民法609条

民法上、減収の場合に賃料の減額を請求できるとする規定があり、その規定は「耕作又は牧畜を目的とする土地の賃借人は、不可抗力によって賃料より少ない収益を得たときは、その収益の額に至るまで、賃料の減額を請求することができる」とする改正民法609条です。しかし、この規定は耕作または牧畜を目的とする土地賃貸借に関する規定ですので、建物賃貸借には適用されません。

(2)改正民法611条

改正民法611条では、「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される」と規定しています。ウイルス感染症で休業を余儀なくされたことは、一部の使用収益不能と考えられるかどうかです。この場合、営業禁止命令が発令されたのではなく、自粛の要請にすぎないため、「使用収益不能」と判断することには無理があると思われます。

2. 借地借家法32条の減額請求権の行使の可否

借地借家法32条に定める賃料減額請求権の行使が可能かを検討すると、同条の要件である「土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となった」と認められるかが問題となります。ウイルス感染症の拡大が「土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減」や「土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下」をもたらしたといえるか、「近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となった」といえるかということですが、この点は今後の経済の推移をみなければ、現時点での判断は困難であると思われます。

3. 賃料減額請求権の対応

ウイルスの感染拡大という、賃貸人・賃借人のいずれにも責任のない事情による問題ですので、法的請求権の有無はともかくとして、双方が共倒れすることのないよう、合意により、応分の減額または賃料の支払猶予等の措置を講ずることが望まれます。なお、実施する賃料の減額が、取引先等の復旧支援(営業継続や雇用確保等)を目的としたものである場合は、そのことが書面等により確認できることが税務上求められますので、その点に留意する必要があります。

<借地借家法適用の賃貸借契約の「建物賃料の増減額請求権」>

今回のポイント

  • 賃料の減額を認める規定は、改正民法609条に、「土地の賃借人については、不可抗力によって賃料より少ない収益を得たときは、その収益の額に至るまで、賃料の減額を請求することができる」とあるが、これは耕作または牧畜を目的とする土地賃貸借についての規定であり、建物賃貸借には適用されない。
  • 改正民法611条は、賃借人の過失によらず賃借物の一部が使用収益ができなくなった場合は、賃料は、その使用および収益をすることができなくなった部分の割合に応じて減額されるとの規定であるが、営業禁止ではなく、自粛の要請の場合には、一部の使用収益ができなくなったと判断することは困難であると思われる。
  • 借地借家法32条に基づく減額請求は、現在のウイルス感染症の拡大を、経済事情の変動と評価し得るか、ウイルス感染症拡大により近傍同種の賃料と比較して不相当になったといえるかが問題であるが、それについては今後の推移をみる必要がある。
  • 法的にはともかく、賃貸借の円満な継続を図るため、賃料の減額または支払猶予に応じることも1つの対応であるが、実施する賃料の減額が、取引先等の復旧支援(営業継続や雇用確保等)を目的としたものである場合、そのことが書面等により確認できることが必要である。

江口 正夫

海谷・江口・池田法律事務所
弁護士

江口 正夫

1952年広島県生まれ。東京大学法学部卒業。弁護士(東京弁護士会所属)。不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。著書に『不動産賃貸管理業のコンプライアンス』(2009年8月、にじゅういち出版)など多数。