賃貸相談
2020.04.13
不動産お役立ちQ&A

Vol.31 契約書がない場合の賃貸人による解約手続


Question

私の父は20年以上も前から、一軒家を借家人に賃貸してきましたが、当初から賃貸借契約書は作成されておりませんでした。このため、一定額の賃料が支払われるだけで、契約期間も定まっていませんし、当事者に契約を解約する権利があるか否かも何も定めがありません。このたび、父が亡くなり、相続税の支払いにもかなりの資金を要したため、この建物を売却したいと考えています。そのためには、賃借人との間で賃貸借契約を解約して、賃借人に退去してもらう必要があります。賃貸借契約書が作成されていない場合に、賃貸人が契約を解約するには、どのような手続きを踏めばよいのでしょうか。

Answer

賃貸借契約書がある場合は、通常、契約期間が定められ、その場合には、賃貸人が期間内に解約することができる旨の期間内(中途)解約条項がなければ期間内解約はできませんが、賃貸借の期間の定めがない場合、賃貸人、賃借人の各当事者は、いつでも3カ月の予告をもって賃貸借契約を解約できるとするのが民法の定めです。しかし、この民法の規定は賃貸人が賃貸借契約を解約する場合には、特別法である借地借家法により、2つの修正があります。1つは、賃貸人はいわゆる正当事由を具備していなければ賃貸借契約の解約権が認められません。また、正当事由が認められる場合でも3カ月の予告ではなく、6カ月の予告が必要とされています。この2つの要件をクリアした場合に、賃貸人からの賃貸借契約の解約が認められることになります。

1.賃貸借契約の解約に関する
民法上の原則

およそ契約は守らなければならないものです。賃貸借も契約である以上、賃貸借の当事者には契約内容を遵守する義務があります。例えば、期間を定めた賃貸借契約の場合には、当該契約期間中は、賃貸人は建物を使用収益させる義務を負い、賃借人は賃料を支払い続ける義務を負っています。このため、期間を定めた賃貸借契約は、原則として、期間内解約は認められていません。ただし、当事者が期間内解約ができる旨を合意した場合に限り、期間内でも解約することができるものとされています(民法618条)。これに対し、期間を定めていない契約は、そのまま解約が一切できないとすると、永久に継続せざるを得ないことになってしまいます。このため、民法は、期間を定めない建物賃貸借契約の場合、賃貸人、賃借人は、いつでも、3カ月の予告をもって賃貸借契約を解約できるものと定めています(同法617条1項2号)。賃貸借契約書が作成されておらず、かつ、口頭でも賃貸借の期間を定めていない場合は、同法により、当事者は、いつでも3カ月の予告をもって、賃貸借契約を解約できるようにみえます。

2.賃貸借契約の解約に関する借地借家法上の修正

賃貸借の期間内解約に関する上記の民法上の原則は、土地賃貸借や建物賃貸借等、借地借家法が適用される契約においては、そのまま適用されるわけではありません。借地借家法は、一般法である民法の特別法ですから、民法と借地借家法の規定の内容が異なる場合には、借地借家法の規定が優先的に適用されます。建物賃貸借契約の場合には、借地借家法により、民法の期間内解約の原則は次の2つの点で修正されています。

(1)賃貸人による期間内解約の申入れは6カ月の予告が必要

借地借家法27条は、「建物の賃貸人が賃貸借の解約の申入れをした場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から6月を経過することによって終了する」と規定されています。この規定により、賃貸人からの解約の場合には、6カ月の予告が必要ということになります。

なお、借地借家法には、賃借人による建物賃貸借の解約に関する規定はありません。

したがって、賃借人による建物賃貸借の解約は前述の民法617条または618条の原則のとおりですので、賃借人は3カ月の予告で建物賃貸借契約を解約することができます。

(2)建物賃貸借の解約申入れには借地借家法28条に定める正当事由が必要

借地借家法28条は、建物賃貸借の更新拒絶の場合と期間内解約の申入れは、同条に定める正当事由を具備していなければすることができない旨を定めています。したがって、賃貸人が建物賃貸借の解約をしようとする場合は、いわゆる正当事由が必要です。売却をするために賃借人に退去を求めるという場合に、ただちに借地借家法に定める正当事由が認められるとは限りませんので、多くの場合には応分の立退料の支払いにより正当事由の具備が認められるか否かが争点となります。

<民法と借地借家法の期間内(中途)解約>

<民法と借地借家法の期間内(中途)解約>

今回のポイント

  • 賃貸借契約がなく期間の定めがないと認められる場合は、民法上は、賃貸人も、賃借人も3カ月の予告をもって賃貸借契約を解約できると定められている。
  • 借地借家法が適用される場合には、借地借家法は民法の特別法であるから借地借家法が優先適用され、民法の解約に関する規定は、賃貸人による解約の場合に限り、2つの点で修正されている。
  • 借地借家法が適用される場合には、賃貸人による解約の場合は、6カ月の予告が必要であり、かつ、いわゆる正当事由を具備する必要がある。

江口 正夫

海谷・江口・池田法律事務所
弁護士

江口 正夫

1952年広島県生まれ。東京大学法学部卒業。弁護士(東京弁護士会所属)。不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。著書に『不動産賃貸管理業のコンプライアンス』(2009年8月、にじゅういち出版)など多数。