賃貸相談
2022.03.14
不動産お役立ちQ&A

Vol.42 有益費の償還と賃貸建物の火災による滅失


Question

アパートの賃貸借契約が期間の満了を契機に終了することになりましたが、借家人から、貸家の屋根を従来のトタンから瓦葺屋根にした費用と1階の居室を店舗営業ができるように改装した費用を支出しており、これらは有益費に該当するから、その費用を支払ってほしいと言われました。
ところが、有益費の費用額を交渉しているさなかに、その貸家が類焼で焼失してしまいました。建物が現存しなくなったのだから有益費は払えないと言ったところ、借家人は、建物が焼失するより前に有益費の請求をしていたのだから、有益費償還請求権は既に発生しているので支払えと言われています。建物が焼失した場合でも有益費は支払わなければならないのでしょうか。

Answer

賃借人は、賃借物の改良のために支出した有益費については、その価額が現存する場合に限り、賃貸借終了のときに、その支出した金額または増加額の償還を賃貸人に求めることができます。有益費は、それによって賃借物の価格を増加させていることが必要ですが、その判断は賃貸借の目的から客観的に判断されますので、住居用建物を店舗営業に適するように改装しても有益費は認められません。また、有益費の償還は、価格の増加が現存していることが要件となります。

本件では、有益費償還請求をした時点では建物が現存していたものの、現在では建物が焼失しているとのことで、その場合は、有益費償還請求権は消滅するというのが裁判所の判例であり、賃借人は、賃貸人に対し、有益費償還請求をすることはできなくなります。

1.賃借人による有益費償還請求権

賃借人が、賃借物の価値を増加させるような有益費を支出した場合は、賃貸人は、賃貸借終了の時にその有益費を償還しなければならないとされています(民法第608条2項)。

(1)有益費とは何か

有益費とは、賃借人が賃借物件の価値を増加させるために支出した費用をいいますが、価値の増加の有無は、賃貸借契約の目的から客観的に判断して認められるものであることが必要です。例えば、住宅用の賃貸建物を喫茶店営業に適するように改装した費用は、賃借人にとっては価値の増加があるかもしれませんが、住宅用という賃貸借契約の目的からは価値の増加とはいえないことになりますので、この費用は有益費とは認められないことになります。

(2)価格の増加が現存していること

有益費償還請求権が認められるのは、賃借人の費用負担により賃借物の価値が増加したにもかかわらず、その費用の償還がなされないときは、賃貸人が価値の増加分を不当に利得することになるからです。このため、有益費償還請求は、①価格が増加したこと、②価格の増加が現存していること、が要件となります。価格の増加が現に存在しない場合には償還請求が認められないという点で、有益費償還請求は、賃借人が修繕を行った場合に認められる必要費償還請求とは異なることになります。

2.目的物の滅失と有益費償還請求

有益費償還請求は、賃借物の価格の増加が現存していることが要件ですから、賃借物が滅失してしまった場合には有益費償還請求権は認められないことになります。

それでは、賃借人が、賃貸人に対し、有益費償還請求をした時点では建物は現存していたが、償還請求の交渉をしている間に建物が類焼により焼失した場合にはどのようになるのでしょうか。判例は、賃借人が有益費償還請求を求めて訴えを提起し、第一審で償還請求を認める判決が出され、賃貸人が控訴し第二審で審理中に賃借建物が類焼により滅失した場合には、特段の事由の認められない限り、有益費償還請求権は消滅するとしています(最判昭和48年7月17日民集27巻7号798頁)。

目的物の滅失と有益費償還請求

今回のポイント

  • 賃借人は、賃借物の改良のために支出した有益費については、賃貸借終了のときに、その支出した金額または増加額の償還を賃貸人に求めることができる。
  • 有益費は、賃借物の価格を増加させるものであることが要件であり、価格の増加の有無は、賃貸借契約の目的から客観的に判断される。
  • 有益費は、価格の増加が現存していることが要件となる。
  • 仮に、建物が現存し、価格の増加が現存していた場合でも、有益費償還請求をした後に建物が類焼で消滅した場合は、有益費償還請求権も消滅する。

江口 正夫

海谷・江口・池田法律事務所
弁護士

江口 正夫

東京弁護士会所属。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。著書に『不動産賃貸管理業のコンプライアンス』『大改正借地借家法Q&A』(ともに にじゅういち出版)など多数。