不動産お役立ちQ&A

Vol.62 なぜオーナーが家賃を下げたがらないのか


Question

この繁忙期に空室を埋めきれなかった物件のオーナーからお叱りを受けます。空室物件の中には相場より著しく高い物件も多数あるため、入居者を決めるために値下げの話をしましたが「家賃を下げることが、どういう意味かわかっているの?」と受け入れてもらえず、さらにお叱りを受けてしまいました。家賃を下げたくないというお話はよく耳にしますし、そのお気持ちもわかります。ただ、空室に困っているにもかかわらず、オーナーが「なぜ家賃を下げたがらないのか」理解に苦しみます。なにかヒントがあれば教えてください。

Answer

全国的にこれだけ空室が増えていると「家賃を下げましょう」という提案になりやすいのもいたしかたありません。しかし、オーナーの保有目的を理解していないと、良かれと思ってした提案が「やぶへび」になりかねません。提案をする上では「家賃」「利回り」「価値」の関係と「IRVの公式」を知っておくことが重要です。オーナーの目的と「IRVの公式」を知っていれば、提案の仕方も変わってくるはずです。基礎的なことなので、しっかりと理解しておきましょう。

収益物件の価値は「家賃」と「利回り」で決まる

繁忙期でも決まらない物件に、良かれと思って家賃の値下げ交渉をしたが、オーナーが家賃を下げてくれない」こんな話をよく耳にします。もちろん提案のロジックや伝え方がとても重要なのですが、最終的に家賃を下げるかどうかは、オーナーの保有目的に大きく関係があるのです。その前にまずは、不動産の「価値」がどうやって決まるのか理解を深めましょう。

不動産の評価は一般的に、原価法、取引事例比較法、そして収益還元法があることは、業界で働く人であればご存じでしょう。不動産の評価はそれぞれの計り方で価値(金額)が変わるのですが、どの方法をとっても正解となります。ただ、アパートやマンションのような収益物件の取引は「利回り」で「価値」を判断する「収益還元法」が採用されます。物件の販売図面を見れば「想定利回り」や「予想最大利回り」などと書かれているのを一度は目にしたことがあるはずです。少し難しくなるのですが、その収益還元法を数式に当てはめると「Value(価値)=Income(収益)/Rate(市場の利回り)」となるのです(図表1)。よって、オーナーが物件を売りたいとき、その価格は、家賃収入と市場の利回り(レート)で決まるのです。

図表1:IRVの公式

IRVの公式

※収益還元法に関しては、本来的には「NOI(空室損失や運営経費を除いた純収益)」や「キャップレート(市場が求めるレート)」により決まりますが、ここでは話をわかりやすくするために上記のような表現としています。

家賃の値下げが価格に与える影響

具体的なケースに当てはめてみましょう。たとえば、10万円の家賃の部屋が10部屋ある物件があるとします。この場合、家賃収入は最大で月間100万円、年間1,200万円となります。

さらに、市場で6%の利回りで取引されるのが相場としましょう。このとき、先ほどの公式(図表1)に当てはめてみると、物件の価値は、1,200万円を6%で割り戻した額となり、「20,000万円(2億円)」となります(図表2)。

図表2:家賃の値下げが価格に与える影響

家賃の値下げが価格に与える影響

このケースで家賃を減額した場合、どうなるでしょうか。一部屋あたりそれぞれ5,000円の家賃減額をした場合、月間の家賃収入は95万円となり、年間の家賃収入は1,140万円となります。そこに先ほどの公式を当てはめると「1,140万円÷6%=19,000万円(1億9,000万円」となります(図表2)。一部屋あたり5,000円を減額したことで、物件の価値(売値)が1,000万円も下がってしまったのです。これを見ていただければ、「家賃を下げることは、資産価値を下げることに直結する」ことになるのがおわかりかと思います。安易に「家賃を下げて空室を埋めましょう」という提案をすると、オーナーが不愉快な顔をするのはこのようなロジックがあるためなのです。

オーナーの目的を知り、提案を

もちろん、すべてのオーナーが前述のような対応をするわけではありません。オーナーの保有目的が「短期的な売却」であれば、前章のように家賃を下げることが売却額そのものを下げてしまうため、オーナーが損をすることになってしまいます。しかし、地域に根付いている地主さんのように、とにかく売るつもりはなく、未来永劫、物件を保有し続けたいというケースでは「売却額」を意識する必要はありません。よってこのような場合、入居者を決めて家賃収入を得ることが最優先の目的となるため、今の家賃にこだわって空室期間を積み上げるよりも、まずは決めてほしいという意見になります。もちろん提案の仕方や伝え方にもよるのですが「家賃を下げてでも空室を埋める」ことが得になる場合もあることは、知っておくべきでしょう。このように、家賃を下げる提案への反応は、オーナーの保有目的により全く違うということを理解しておく必要があるのです。オーナーの目的を理解して提案をすれば、話の食い違いも最小限に止められるのではないでしょうか。

イメージ

今井 基次

みらいずコンサルティング株式会社 代表取締役

今井 基次

賃貸仲介、売買仲介、賃貸管理、収益売買仲介、資産形成コンサルティングの経験を経て、みらいずコンサルティング株式会社を設立。不動産業者・不動産オーナーの経験をもとにして、全国の賃貸管理業を行う企業へのコンサルティングや講演・研修活動を行う。聴講者はこれまでに3万人を超え、好評を得ている。CPM®︎、CFP®︎、不動産コンサルティングマスターなど資格多数。著書に『ラクして稼ぐ不動産投資33の法則 成功大家さんへの道は管理会社で決まる!』(筑摩書房)がある。