民法改正が実務に及ぼす影響【売買編】-1


全日保証eラーニング研修では2020年4月1日より施行された改正民法の解説を公開しています。「月刊不動産」では今号より4回にわたり、立川正雄弁護士が講義する「民法改正が実務に及ぼす影響」の売買編、賃貸編の内容をピックアップして紹介します。

*受講の際は、アクセス概要(6月号「不動産業に関する“改正民法”を「eラーニング」で学ぼう!」)や、「全日保証eラーニング」内の操作マニュアルを参照してください。

手付解除の改正

今回の民法改正で手付の規定が変わったとのことだが、実務に影響はあるか?

・改正前民法では、手付解除の要件として、「当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、」と規定していた。この「当事者の一方」の解釈については、手付解除の相手方を意味するという最高裁判例が出ていた。ところが、改正前民法の条文では、手付解除をする側が履行の着手をしても、手付解除ができなくなるように読めてしまうため、改正民法では、「その相手方が契約の履行に着手した後は」と改めた。
・改正前民法では、売主が手付解除する場合には、「その倍額を償還」することが必要であると規定されている。この「償還」の意味については、実務上、買主に現実に倍額を提供することであるとの解釈が固まっていた。ところが、改正前民法では、手付解除期限までに倍額を買主に現実に提供せず、単に倍額を用意すれば足りると読む余地があったため、改正民法では、「売主はその倍額を現実に提供して、」と改めた。

◎以上の改正で条文は変わったが、結局は、民法改正により、改正前の手付解除の内容が変化したわけではないので、事実上改正点はないと考えてよく、実務処理を変更する必要はないが、売主が手付倍額金を買主に現実に提供しないと解約できない点に注意されたい。

買主からの手付解除の規定

売主からの手付解除の規定

危険負担に関する改正の概要

契約の締結後に売買目的物の建物が類焼し※2全焼してしまった。この場合、売買目的物の建物が、契約締結後になくなってしまったという損害は売主・買主どちらが負担するのか?

※2 契約後に類焼したのであるから、売主・買主双方とも帰責事由(故意・過失)がない。

・契約時には売買目的物の建物は存在したが、契約後引渡し前に売買目的物が、売主・買主の双方の責任ではなく滅失・毀損した場合に、その損失(危険)は売主が負担するのか、買主が負担するのかというのが危険負担の問題である。
・これまでの実務では、「契約してもその後、建物が不可抗力で全焼し、引渡しを受けられなかったのだから、売買代 金は払わなくてよい」という素朴な考え方に基づき、「売主は引渡しまでは土地・建物が滅失・毀損した場合の損失を負担するのが合理的」と考えて契約書が作られていた。
・ところが、改正前の民法では、「契約をした以上、引渡し前であっても、建物が不可抗力で滅失・毀損したら、それは買主の負担」と考えていた。その理由は、もともと民法が、契約をした時点で(買主がたとえ1円も払っていない場合でも)所有権が買主に移転する(契約と同時に買主のものとなる=自分の建物が類焼した)と考えていたからである。しかし、契約書にサインしただけで、引渡しも受けていない建物が燃えてしまった場合、その損失は買主の負担というのは不公平である(買主としては、契約しただけで、自分の建物として火災保険にも入れない)。そこで、民法改正前から不動産の実務では、改正前民法とは全く逆に、「買主に引き渡す前に売買目的物が滅失・毀損した場合には、売主は代金を請求できない(債務者主義=売主負担)」と契約で特約することが常識になっていた。

◎今回の民法改正では、民法の条文を改正される前の実務に合わせ、売主の負担にする改正を行った。
◎民法536条で「買主が代金の支払いを拒める」定めをし、契約解除まで定めなかったのは、売主が建物を引き渡せなければ、債務不履行で買主は契約解除ができるのに、解除しないまま決済日を迎えてしまうと、買主が代金を支払わねばならなくなってしまう不都合を回避できるようにしたからである。

危険負担の規定

危険負担の具体的契約案文

危険負担についての全日の契約案文は以下のとおりだが、どのように理解すればよいか?

(引渡し完了前の滅失・損傷)
第10条 売主、買主は、本物件の引渡し完了前に※3天災地変、その他売主、買主いずれの責めにも帰すことのできない事由により※4本物件が滅失または損傷して、修補が不能、または修補に過大な費用を要し、本契約の履行が不可能となったとき、互いに書面により通知して、本契約を解除することができます※5。また、買主は、本契約が解除されるまでの間、売買代金の支払いを拒むことができます。
2 本物件の引渡し完了前に、前項の事由によって本物件が損傷した場合であっても、修補することにより本契約の履行が可能であるときは、売主は、本物件を修補して買主に引渡します※6
3 第1項の規定により本契約が解除されたとき、売主は、買主に対し、受領済みの金員を無利息にてすみやかに返還します。

※3について:契約後(契約時には売買目的物が滅失・毀損していないことが前提)引渡し前までを問題にしている。買主に引き渡された後は、建物は買主の支配下に入るから、その損傷は買主負担になる。要するに、買主は自分の所有建物が類焼で全焼したことになり、買主が当然にその損失を負担する。
※4について:危険負担は、売主・買主双方に責任(故意・過失)がないのに売買目的物が損傷した場合の処理を定めている。
※5について:これまでの条文どおり、売主が損失を負担するが、履行ができないので、解除で処理する契約になっている。ただし、改正民法上は、危険負担は、買主に代金支払い拒否権のみしか与えておらず、民法の債務不履行解除により解除することになる。なお、改正民法では、債務不履行解除は、売主から引渡しをしてもらえない買主のみできる。ところが、この契約案文は、売主からも解除できるようにしている点が、民法の定めと異なる点である。
※6について:改正民法の危険負担は、売主(引渡し義務の債務者)が危険(壊れたことによる損失)を負担するので、もし、修補できる程度の損傷なら、売主負担で修補し、契約を履行させることとした。