民法改正が実務に及ぼす影響【賃貸編】-2


全日保証eラーニング研修では、2020年4月1日より施行された改正民法の解説を公開しています。今号では、立川正雄弁護士が講義する「民法改正が実務に及ぼす影響」の賃貸編の内容をピックアップして紹介します。

*受講の際は、アクセス概要(6月号「不動産業に関する“改正民法”を「eラーニング」で学ぼう!」)や、「全日保証eラーニング」内の操作マニュアルを参照してください。

敷金(保証金)

◆敷引(敷金・保証金の償却)

「民法が改正されると、敷金は『家賃などの担保』で全額返すべき義務が定められているので、敷引はできなくなる。」と噂になっているがホントか?

  • ・改正民法が施行されても、敷引や敷金の償却は特約をすれば認められる。したがって、上記噂は誤解である。改正民法が、「残額を返還しなければならない。」などと言い切っているので、誤解が生じたものと思われる。
  • ・今回の民法改正で、敷金の法律上の意味が明文で定められた。すなわち、いかなる名義をもってするかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭と定められた。
  • ・しかし、その改正の議論や改正案の補足説明を丹念に読むと、この敷金の返還義務を「強行法規にする」(控除すべき滞納家賃・原状回復費用などがなければ全額返さなければならず、敷引・敷金の償却を特約で定めることはできない)趣旨で明文に定めたわけではない。
  • ・敷引や敷金の償却は、これまで最高裁判例(最高裁平成23年3月24日判決)も有効と認めた特約であり、今回の民法の改正は、最高裁判例を変更する趣旨ではない。
  • ・敷引特約の例は以下の通り。

第〇条 敷引(保証引き・償却)特約
貸主は借主が差し入れた敷金(保証金)○○万円から退去時に○○万円(本契約時の家賃の2ヶ月分○○万円。但し、契約時の税率による消費税を加えるものとする。)を、無条件で差し引き取得するものとする。

【注】敷引き金は預かり金ではなく、貸主の収入になるので、税務上は権利金と同じく貸主の収入になる。居住用の敷引き金には消費税が不要であるが、居住用以外の敷引き金には、消費税が必要である。また、退去時償却は借主は将来必ず退去するので、貸主は契約当初退去時償却を定めると、契約当初の年度(法人なら期)の収入になるので、契約時の消費税率になる。

【改正後】民法第622条の2(敷金)
・賃貸人は、敷金(いかなる名義をもってするかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
①賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。
②賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。
・賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。

◆敷金返還請求権の第三者への債権譲渡・担保差し入れ禁止

全日の契約書には敷金の譲渡・担保差し入れ禁止の特約があるが、どのような意味を持つのか?

第6条 全日の敷金条項(敷金または保証金)
3借主は、敷金等の返還請求権を第三者に譲渡し、または担保の目的に供してはなりません。

  • ・全日の6条3項は、借主が有する敷金返還請求権を第三者に債権譲渡したり、債権質・債権譲渡担保等の担保提供を行うことを禁止する条項である。
  • ・改正民法では、債権は自由に譲渡できるのが原則になった(民法第466条1項)。ところが、借主が敷金返還請求権を第三者に譲渡したり、担保設定を行うことを認めると、借主以外の第三者(例えば、借主の債権者)が自己の債権を回収したいがために貸主に多額の返還請求を行い、返還をめぐってトラブルとなることが予想されるので、特約で敷金返還請求権の債権譲渡や担保設定を禁止している。
  • ・なお、仮に、このような特約がなく、敷金返還請求権が第三者に譲渡されたり、担保設定がなされたとしても、敷金返還請求権は、賃貸借契約終了後、貸室を明け渡した後に、借主の債務不履行による債務を控除した残額について発生することとなるので、この債権譲渡等を禁じる特約がないと貸主が直ちに不利益を受けることはない。言い換えると、敷金が譲渡された後でも、貸主は不払い家賃や原状回復費用等一切を差し引ける。差し引いた残りを債権の譲受人等に払えばよい。
  • ・なお、改正前民法では、債権譲渡禁止特約に反する債権譲渡は無効(譲受人が来ても貸主は相手にしなくてよい)と解されていたが、債権譲渡による資金調達の妨げになるという理由から、改正民法では、債権譲渡禁止特約に反する債権譲渡も有効とされるようになった(改正民法第466条2項)。そのため、本条のように債権譲渡禁止特約を設けても、借主は第三者に敷金返還請求権を譲渡することは可能となってしまった。
  • ・民法改正で、譲渡禁止の特約をしても譲渡できるようになってしまったが、それでも、債権譲渡禁止特約を定めるのは、譲渡禁止の特約により支払先を固定することができるからである。改正民法においても、債権譲渡禁止特約の存在について悪意・重過失の譲受人に対して貸主は履行を拒むことができ、かつ、譲渡人である借主に対する弁済・相殺等の抗弁を譲受人に対しても主張することができる(改正民法第466条3項)。
  • ・他方、改正民法の施行後、債権譲渡禁止特約に反する債権譲渡が有効であり、かつ、債権譲渡禁止特約の存在について悪意・重過失の譲受人からの請求を拒むことができるとなると、理屈上、譲渡人である借主も譲受人も貸主に対し、敷金の返還を請求できないという結論になってしまう。
  • ・そこで、譲受人が、敷金を返還しない貸主に対して、相当の期間を定めて譲渡人(敷金返還請求権の場合は借主)へ敷金を返還するよう催告をし、その期間内に貸主が借主に敷金を返還しない場合には、債権譲渡禁止特約の存在について悪意・重過失の譲受人も、貸主に対して、敷金の返還を請求することができるようになった(改正民法第466条4項)。
  • ・また、譲渡禁止特約のある敷金返還請求権が譲渡された場合には、貸主は法務局に敷金の返還分を供託することも認められている(改正民法第466条の2)。
  • ・改正民法施行後では、敷金返還請求権の譲渡を禁止する特約を定めても、借主は自由に敷金返還請求権を譲渡できることになるが、譲渡禁止特約を定めておくことで、悪意・重過失の譲受人に対しては履行を拒める等の効果があり、敷金返還請求権が第三者へ譲渡され、敷金の返還先を巡ってトラブルになることを一定程度抑止できることから、改正民法施行後も、賃貸借契約書では、譲渡禁止特約を定めておいた方が良い。