民法改正が実務に及ぼす影響【賃貸編】-3


全日保証eラーニング研修では、2020年4月1日より施行された改正民法の解説を公開しています。今号では、立川正雄弁護士が講義する「民法改正が実務に及ぼす影響」の賃貸編の内容をピックアップして紹介します。

*受講の際は、アクセス概要(6月号「不動産業に関する“改正民法”を「eラーニング」で学ぼう!」)や、「全日保証eラーニング」内の操作マニュアルを参照してください。

敷金

◆借家権譲渡と敷金・保証金の承継

店舗ビルのテナントが、造作と借家権を売らせてほしいと言ってきたので承諾した。売却して1ヶ月ほど経ってから、退店したテナントから「保証金を返してほしい」と言ってきた。貸主側としては、保証金の返還は、造作と借家権を買った買主にすれば良いと思っていたので、何も特約をしなかった。退店したテナントに返すべき義務があるか?

  • ・何も特約をしないと退店したテナントに敷金・保証金を返さなければならない。
  • ・民法が改正されると、「賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき」は、貸主が退去した借主に、敷金・保証金を返さなければならないのが原則となる(改正民法622条の2第1項2号)。これは従来の最高裁判例(最高裁昭和53年12月22日判決)を踏襲したものである。貸し地や賃貸建物が譲渡されたときに、貸主側の敷金返還義務が当然に貸し地・貸家の買主に移転するのと逆になるので注意しなければならない。
  • ・貸し地や賃貸建物が譲渡されたときに、貸主側の敷金返還義務が当然に貸し地・貸家の買主に移転するのは、例外的で、前記借地や借家に対抗要件が認められ、貸し地や賃貸建物の譲渡人に借地権・借家権が対抗できるからである。
    • ①その結果、敷金の返還義務を含めた貸主の地位は買主に移転される。
    • ②ところが、本問のように、借地権や借家権が譲渡される場合、敷金の返還を前の借地人・借家人に返すべきだとするのは、当初敷金を差し入れた借主にとって敷金返還請求権が借地・借家の譲受人に当然に移転してしまうと、敷金を差し入れた当初の借主が不利な立場に立たされると最高裁が考えたからである。
    • ③ただ、実務的には、貸主は借主の地位が譲渡される場合、当然に前の借主の敷金と同額でなければ、貸主は借主の地位の譲渡に同意しないので、少なくとも前の敷金以上の敷金を貸主に差し入れることになる。
    • ④従って、この最高裁の考え方(改正民法で、敷金は前の借主に返すという考え方)で前の借主の保護になるとは考えにくい。
  • ・もちろん、この改正民法は強行法規ではないので、特約をすれば、敷金返還請求権は借家権の譲受人に移転し、借家権を譲渡した借主に敷金保証金は返さず、借家権を譲り受けた新しい借家人に返せばよいとすることができる。
  • ・改正前民法下の実務では、借家権譲渡の際には、現金の授受はなくとも、一旦は退去した借主から敷金・保証金の返還の領収書をもらい、借家権を譲り受けた借主に敷金保証金の預かり証を差し入れる場合が多いが、これが民法の原則として明文となった。このように処理するなら、A案(P27)の処理がわかりやすい。
  • ・あくまで、借家権・造作の譲渡と共に、敷金・保証金の返還請求権も新借主に譲渡させる特約を作りたいのであれば、B案(P27)の処理となる。

【改正後】民法第622条の2(敷金)
・賃貸人は、敷金(いかなる名義をもってするかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
一 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。
賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。

【注】下線は筆者が加筆

【特約文例A案】 実質的には借家権・造作の譲渡であるが契約は新規に作り直す方法。
第○条
・本契約は、貸主〇〇と旧借主〇〇との間で〇〇〇〇年〇〇月〇〇日付賃貸借契約を合意解除し、本日新たに、貸主〇〇と新借主〇〇との間で本日付で、賃貸借契約書を締結したものである。

【注】このようにすれば、改正民法の定めと一致し、「借家権の譲渡に伴い、敷金・保証金は退店した借主に一旦返し、新しい借主から新規に敷金・保証金の預け入れを受ける」ことができる。

【特約文例B案】 借家権・造作の譲渡と共に、敷金・保証金の返還請求権も新借主に譲渡させる特約。
第○条
・本契約は、貸主〇〇と旧借主〇〇との間の〇〇〇〇年〇〇月〇〇日付賃貸借契約の借主としての地位が、〇〇〇〇年〇〇月〇〇日譲受人(借主〇〇)に譲渡されたため、旧契約を承継するため作成されたものである。
・旧借主〇〇が、貸主〇〇に対し、旧契約により預託していた敷金・保証金○○万円は、その敷金・保証金の返還請求権を旧借主〇〇が、借主〇〇に譲渡するものとし、貸主〇〇はこの敷金・保証金の返還請求権の譲渡に同意するものとする。なお、貸主〇〇は旧借主〇〇に敷金・保証金から控除する滞納家賃・共益費等の未払金がないことを確認し、借主は旧借主の原状回復義務も本件敷金・保証金で担保されることを承諾するものとする。

◆貸主の敷金充当

家賃10万円で敷金を20万円預かっていた。賃貸借契約が終了し、建物は返還してもらったが滞納家賃が1か月分10万円あった。滞納家賃の10万円を敷金から差し引くには相殺の通知をしなければならないのか?

  • ・貸主はわざわざ、相殺通知をする必要はない。貸主が未払い賃料に敷金を充当するのに、「充当(相殺)通知」を借主に出す必要はない。ただ、貸主は敷金の返還時に充当の内訳を明示すればよい。

第6条 全日の敷金条項(敷金または保証金)
2 貸主は、借主が本契約から生じる債務を履行しないときは、敷金等をその債務の弁済に充てることができます。
4 ・・・貸主は、当該債務の額を敷金等から差し引いた額を返還するものとします。この場合には、貸主は、敷金等から差し引く債務の額の内訳を借主に明示しなければなりません。

  • ・最高裁判例(最高裁昭和48年2月2日判決)によれば、滞納家賃や原状回復義務の未履行による損害賠償請求権がある場合、敷金返還請求権は、これら滞納家賃や原状回復義務の未履行による損害賠償請求額を差し引いた残額について、返還義務が生ずるとされる。
  • ・言い換えると、借家契約が終了すると「まず借主からの20万円の敷金返還請求権が発生し、反対に貸主は10万円の滞納家賃の請求権で相殺通知をする」ことで、残10万円の敷金返還義務となるという考え方はしない。貸家が返還された後に、貸主は残敷金10万円の敷金返還義務を負うという考え方をする。

【最判昭和48年2月2日】
家屋賃貸借における敷金は、賃貸借終了後家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を担保するものであり、敷金返還請求権は、賃貸借終了後家屋明渡完了の時においてそれまでに生じた右被担保債権を控除しなお残額がある場合に、その残額につき具体的に発生するものと解すべきである。

  • ・改正民法は貸主は借主に対し、「その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭債務の額を控除した残額を返還しなければならない。」と定めて、この最高裁判例の趣旨を定めた(民法第622条の2第1項本文)。