Vol.14 海外の市況と賃貸・売買・投資状況 シンガポール編①
シンガポールの住宅事情と諸政策
今号よりシンガポールの不動産事情を寄稿させていただくことになりました。1回目の今回は、不動産市場を知る上で基礎となる同国の特徴や不動産法規制、住宅市場について説明します。
1.シンガポールの国土と人口
シンガポール(図表1)の国土面積は、724㎢(2018年時点)で、東京23区の面積約627㎢をやや上回る程度です。一方、同国の2019年の1人当たりGDPは65,233米ドルと、日本の水準(2019年時点で40,313米ドル)を大きく上回ります。同国は最も起業環境が整う国と評価されており、2019年には国際経営開発研究所 (IMD:International Institue for Management Development)が作成する世界競争力ランキングで第1位に輝きました。
同国の総人口は約570万人(2019年)で、その内訳比率は、シンガポール国民61%、外国人一時滞在者30%、永住権保持者(PR:Permanent Residence)9%と、外国人が4割を占め、経済発展に外国人の存在が大きく寄与していることがうかがえます。全居住者の民族構成は、中華系74%、マレー系14%、インド系9%、その他3%と、同国の経済成熟度の高さから、諸外国の企業がアジアの地域統括オフィス等を置くなど、東南アジアにおけるビジネスのハブとなっています。
2.住宅事情と需要層
シンガポールの住宅市場では、一般的な居住形態は共同住宅であり、同国における住宅供給は政府機関のHDB(Housing and Development Board)によってコントロールされます。当局が供給する住宅をHDB(公営住宅)と呼び、民間企業により供給されるコンドミニアムと同等の設備を有する高所得者層向けの公営住宅については、Executive Condominium(EC)と呼ばれます。HDBの購入は、世帯にシンガポール国民がいなければできませんが(PRは諸条件の下、2名以上で中古のHDBの購入が可能)、ECについては、最初の居住許可(TOP:Temporary Occupation Permit)が下りてから10年経過していれば、外国人による購入が可能です。
したがって、外国人が購入できる住宅は、TOPから10年経過した場合のECか、民間コンドミニアム等となります。2019年における同国の全居住世帯の居住形態を概観すると、民間住宅に居住する世帯は2割ほどで、HDB市場と比較すると需要は小さく、同需要の担い手は、一部の高所得者層や駐在員を含む外国人富裕層に限られます(図表2)。
また土地に係る権利については、国が基本的に国土を所有しており、完全な所有権は限定的です。民間事業者による分譲マンション開発用地の仕入の多くは、政府が計画的に払い下げる土地への入札によりますが、「払い下げ」といっても、基本的に99年の土地使用権の設定となります。
3.民間住宅市場に係る諸政策
売買市場において購入者全員に影響を及ぼす主要な政策は、総債務返済負担比率(TDSR:Total Debt Servicing Ratio)と印紙税(BSD:Buyer’s Stamp Duty)です。前者の総債務返済負担比率は、購入する不動産のローン返済額を含む借り手の債務返済額の月間合計が、月収の6割を上限とする不動産ローン審査規制です。後者の印紙税は、住宅に関しては4段階の累進課税で最大課税率が4%、非住宅に関しては3段階の累進課税で最大課税率が3%となっています。
また、外国人の不動産購入に影響を及ぼす税制として、追加的購入者印紙税(ABSD:Additional Buyer’s Stamp Duty)があります。住宅購入に際し、永住権保持者、外国人、法人は1軒目から、国民は2軒目以降にABSDが課税され、外国人および法人は国民より課税率が高く設定されています(20%および25%)。こうした不動産投機抑制に係る規制強化により、近年のコンドミニアム等の取引は低調傾向にあります。
一方、賃貸市場には外国人の雇用政策が影響を及ぼしています。同国では国内総労働力の3分の2をシンガポール人および永住権保持者により構成する指針が2013年に打ち出され、その後、政府は専門職や管理職等におけるシンガポール人の労働力強化および外国人就労ビザの規制強化に立て続けに取り組んでいます。雇用規制に関する見通しは厳しく、政府は、2020年1月にサービス業企業における外国人労働者雇用上限率を引き下げ、2021年には建設業、造船業等においても同様に引き下げを予定しています。今後も外国人向けの売買・賃貸市場におけるファンダメンタルズ(基礎的需要)は厳しい状況が続くと予想されます。
シンガポールの良好なビジネス・投資環境や足元の市況を鑑みると、住宅需要は増加すると予想されますが、同国では潜在的に外国人法規制や税制等の政府の方針が住宅市場に影響を及ぼしやすい傾向があります。また、中国、香港、中東をはじめとした諸外国における国際社会の動向からも影響を受けやすく、同国の住宅市場動向および見通しについては、国内外における社会経済の動向に注目する必要があります。
次回以降はより具体的な住宅市場について説明します。
鈴木 祥華
一般財団法人日本不動産研究所国際部兼業務部。2018年サセックス大学大学院国際学修士課程環境開発公共政策専攻修了。国内および海外の不動産調査・評価・分析業務を担当。