Vol.21 海外の市況と賃貸・売買・投資状況 タイ編④
新型コロナ禍が不動産マーケットに与えた影響と今後の動向


これまで3回にわたってタイに不動産投資をする際の基礎知識や注意点について執筆してきました。最終回となる今回は新型コロナ禍が不動産市場へ与えた影響と今後の動向についてお話しします。

1.タイにおける新型コロナ禍

本稿執筆時(2020年9月末時点)にておいて、タイにおける新型コロナ禍はほぼ収束しつつあります。新規感染のピークは3月下旬頃で、3月22日には1日あたりの新規感染者数は188人に達し、4月上旬まで1日あたりの新規感染者数が100人を超える状況が続きました。しかし、その後は、徹底した社会的隔離政策が効果を上げ、5月1日から9月末までの1日あたりの平均新規感染者数は約4.0人にとどまっています。9月末時点で累計3,564人が感染しましたが、そのうち3,374名はすでに回復(死者59人)しており、治療中の感染者数は131人です。

2.新型コロナ禍発生後の不動産マーケット

このように、タイではコロナウィルスの封じ込めにはほぼ成功していますが、住宅マーケットは停滞した状況が継続しています。コンドミニアムを中心としたバンコクの不動産マーケットは、2019年4月のLTV規制導入を契機に停滞局面に入りましたが、今回の新型コロナ禍はその停滞にさらに拍車をかけています。タイのGDPの約2割を占める観光業が大打撃を受けており、経済面の先行き不透明感が購入者のマインドにも影響を与えています。※1

※1 8月23日 タイ中央銀行の金融政策委員会では今後のGDP予想は2020年が▲7.8%、2021年は+3.6%

このような状況の中、不動産マーケットにはいくつかの特徴的な動きが見られます。まず1点目が新規供給戸数の大幅な減少です。2020年第2四半期のバンコクのコンドミニアム新規供給戸数は、当研究所が提携するKnight Frank Thailand社の発表では約4,000戸、Colliers International Thailand社は約1,200戸と、エージェントによる違いはあるものの、いずれも大幅な減少となっており、過去10年で最低の水準です。これは、各デベロッパーが新規プロジェクトの供給を中止・延期したことに加え、3月末から4月にかけて社会経済活動に制限が加えられ、デベロッパーがセールスオフィスを閉鎖して、販売活動ができなかったことなどが主な要因です。

2点目の特徴としては、各デベロッパーが新規供給を抑制する一方、すでに供給しているけれども売れていない在庫物件の販売に注力しており、一部の竣工済み物件を中心に、思い切ったディスカウントを実施している点です。またそうしたプロモーションによって需要が喚起される事例も見られます。

バンコクのコンドミニアム販売においては、未竣工の状態で予約販売が開始され、竣工までの間にデベロッパーは販売価格を徐々に上昇させますが、2018年ごろまではマーケットが好調であったために竣工までに供給住戸の大半が売れ、売れ残りとなった物件についても、竣工後には容易に買い手がつきました。市場での「値引き」は竣工前転売に失敗した投機的需要者によるリセール物件の「投げ売り」はあったものの、デベロッパー自身が大規模な値引きを行うという事例はそれほど多くありませんでした。しかし、最近では竣工後も売れていない「完成在庫」物件が増加しており、デベロッパーもこのような物件を中心にプロモーションセールを実施することが増えています。一例を挙げると、ノーブルデベロップメントは6月から6件のプロジェクトを中心に「リセットプライス」というプロモーションセールを実施し、新規供給開始時に近い価格で販売を行いました。こうしたプロモーションセールは、すべての在庫物件について一律に値引きをしたわけではなく、眺望や棟内での位置、階層といった条件が劣り、売れ行きが芳しくないと判断された一部の住戸のみについて、宣伝・集客的に大きなディスカウントを行うことが多いのですが、プロジェクトによっては、これをきっかけに全体の成約率が大きく伸びるものもあります。BTSプロンチット駅前の高級物件「ノーブルプルンチット」は、2017年の竣工後も未販売住戸が多く残り、2020年第1四半期末時点での成約率は88%でしたが、プロモーションを経て8月末には96%まで成約率が伸びました。総戸数約1,440戸のプロジェクトですので、実質的に3ヵ月程度で約120戸を販売したことになります。このように、市場が停滞する中でも需要が一気に顕在化する事例はほかにも多く見られました。

3.今後の不動産マーケット

バンコクの住宅市場はこれまでも何度かの停滞とその後の回復というサイクルを経て成長してきました。前述の事例にもみられるように、市況が低迷した現在でも需要が消失したわけではなく、一定の潜在需要は蓄えられており、日本における「失われた○年」のように長期間の低迷が続く可能性は少ないでしょう。

ただ、かつてのように年間60,000戸を超えるような大量のコンドミニアムが供給されたり、新規供給開始後、多くの住戸が飛ぶように売れて短期間で完売するような状況に戻る可能性も小さいと思われます。そうした状況は、竣工前転売を狙う投機的需要者の強い購買意欲によって支えられてきましたが、タイ中央銀行は不動産が投機対象となることを問題視しており、LTV規制によってこうした投機的需要者の大半が市場から退出させられているからです。また民間の債務水準が高水準に達していることや不良債権比率が上昇傾向にあることにも目を光らせており、当面はLTV規制を維持する方針であることを表明しています。

現在すでにコンドミニアムの販売期間は長期化・平準化しつつあり、そのような傾向は今後も継続すると考えられます。もっとも、これは実需に基づく購入者や、長期保有を前提とする投資家にとってはむしろ好ましいものであるといえます。物件をじっくりと吟味したり、デベロッパーのプロモーションを待って割安な価格で購入するチャンスが生まれるからです。

4.今後の投資戦略~「駅近」物件の優位性~

最後に、このような状況の中どのような物件に投資をすべきかを考えてみます。ターゲットとするセグメントやロケーションによってもいろいろな戦略が考えられますが、共通して言えることはバンコクにおいては、「駅近」物件の優位性が極めて強いということです。バンコクは「タノン」とよばれる大通りとそこから延びる「ソイ」とよばれる細い路地によって道路が構成されていますが、「ソイ」はその大部分が行き止まりとなっており大通りの間を結ぶ抜け道として機能しません(図表1参照)。このため車は大通りに集中し、交通渋滞が常態化しています。駅までは車で来て、そこから公共交通機関を利用するといった「Park and Ride」のための駅前駐車場もまだ不足しています(図表2参照)。このような都市構造の転換にはまだ時間を要すると考えられ、「駅近」物件の優位性は中長期的にも安定しているといえるでしょう。

図表1

バンコクの繁華街「アソーク駅」周辺の道路状況。大通りの近くまで路地が張り巡らされていますがいずれも行き止まりになっており、大通りとはつながっていません。

図表2

出典:BTS「Park and Ride」ホームページより

いくつかの公共交通機関の駅前には「Park and Ride」のための駐車場が設置されていますが、駐車スペースが不足しているため、最低限の車路以外はスキマ無く駐車することが一般的で、時には他の車を取り囲んで駐車します。出口を塞がれた車は他の車を手で押してどかして外に出ます。このため、バンコクでは他の車の出口を塞いで駐車する時は、サイドブレーキをかけずに駐車することがマナーとなっています。


武内 朋生

武内 朋生

一般財団法人日本不動産研究所国際部参事。あさひ銀行(現りそな銀行)、公益財団法人国際金融情報センターを経て、当研究所入所。東東京支所(現東京事業部)、特定事業部、海外留学を経て現職。不動産鑑定士、MAI(米国不動産鑑定士)、不動産証券化協会認定マスター、シンガポール国立大学MBA(不動産専攻)。