Vol.13 海外の市況と賃貸・売買・投資状況 マレーシア編①
マレーシアの公共インフラと民族優遇策


今号よりクアラルンプールを中心としたマレーシアの不動産事情を寄稿させていただくことになりました。1回目は、不動産市場を知る上で基礎となるエリアの特徴やインフラ、マクロ的な指標についてご説明します。

1.クランバレーの地理的範囲

マレーシアは13の州と3つの連邦直轄領から構成されています。クアラルンプール(正式名称はWilayah Persekutuan Kuala Lumpur)はマレーシアの首都ということもあり、連邦直轄領の1つとして、政治、商業の中心となっています。クアラルンプール連邦直轄領は、東西約13km、南北約20km、面積は約243k㎡で、人口は約178万人(2019年9月末時点)にすぎませんが、これにセランゴール州の一部およびプトラジャヤ連邦直轄領を含む10の地方自治体を加えて構成されたエリアがクアラルンプール首都圏であり、エリア内を流れるクラン川にちなみ、「クランバレー」と呼ばれています。このクランバレーは東西約70㎞、南北(最大)約80㎞、面積は約2,800k㎡、人口約800万人(いずれも推定)の都市圏(図表1)であり、マレーシア政府も国家として重点的に経済を発展させるエリアに指定しています。マレーシアでの不動産投資を検討する際には、まずこのクランバレーのエリア内で探すことが一般的となっています。

図表1 クランバレーの範囲

図表1 クランバレーの範囲
クアラルンプールのビジネス街

2.公共インフラと自家用車

クランバレーには、クアラルンプール国際空港や、国内最大の貿易港であるクラン港があり、さらに高速道路網も充実しており、東南アジアの中でも屈指の公共インフラが整っています。さらに、近年公共交通網も充実してきて、すでにLRTやモノレール、KLIAエクスプレス(都心部とクアラルンプール国際空港を結ぶ路線)といった複数の都市鉄道があり、今後も既存路線の延長が予定されています。なお、クアラルンプールからシンガポールまで予定されていた高速鉄道の計画もありましたが、2019年に首相に返り咲いたマハティール首相が、隠れていた連邦債務の発覚を理由に、2020年5月末まで建設計画の是非の判断を延期しています。

このように、公共交通網は整備されてはいるものの、クランバレーで生活する市民の日常の足は依然として自動車がメインとなっています。マレーシアは自動車保有率が高く、1世帯で複数の車を所有することも珍しくありません(図表2)。日常生活でも通勤でも自動車を使うので、クアラルンプールの中心エリアでは通勤時には交通渋滞が多く発生しているほか、オフィスビル内にある駐車場だけでは足りず、慢性的な駐車場不足となっています。したがって、マレーシアではコンドミニアムと同様に、駐車場への投資も行われています。

図表2 自動車保有台数と世帯当たり保有台数

出典:Road Transport Department等をもとに当研究所作成
クアラルンプール近郊を走るKTMコミューター

3.ブミプトラ政策と マレーシア人の国民性

マレーシアは多民族国家であり、主としてマレー系、中華系、インド系の民族から構成されています。人口の約60%を占めるのはマレー系ですが、中華系などの非マレー系が富を支配してきた歴史的背景から、マレー系と非マレー系の民族間には経済的な格差があり、民族間の対立が絶えませんでした。マレーシアの歴代政権にとって、民族間の融和は重要な政治方針でしたので、その対立の根幹にある経済格差を解消するために、1971年にマレー系に対する各種の優遇策(ブミプトラ政策)が発表されました。ブミプトラ政策はその内容は変わりつつも、政策自体は今日に至るまで続いています。当該政策は雇用や教育、税金面における優遇のみならず、不動産マーケットにも及んでおり、コンドミニアムの開発においては、基本的に一定割合の住戸をマレー系のために設置し、さらに当該住戸をマレー系でも購入できるように割安にすることが要請されています。

このように、ブミプトラ政策は特定の民族を優遇する政策ですので、中華系やインド系からの一定の反発はあるものの、他の多民族国家での武力衝突に見られるような大きな民族間での対立は発生していません。その理由としては、マレー系はもともと争いごとを好まない穏やかな民族であるとされ、そのマレー系が多く住むマレーシアに、後から加わった中華系もインド系も、先住であるマレー系と交流しながら、その寛容性を受け継いでいるためといわれています。

次回以降は具体的な不動産マーケットの状況について説明させていただきます。 


松浦 康宏

松浦 康宏

一般財団法人日本不動産研究所国際部主席専門役。不動産鑑定事務所を経て、当研究所入所。東東京支所、東京事業部、本社事業部で国内の不動産に係る業務を担当後、資産ソリューション部企業資産評価室にて国内外の企業評価、動産評価、インフラ事業に係る各種業務を経て、現職。不動産鑑定士、不動産証券化協会認定マスター、米国鑑定士協会Senior Member。