本試験において、相殺に関する問題は、4年に1回くらいの頻度で出題されています。相殺の論点をマスターするためには、「自働債権」「受働債権」という言葉の意味を理解し、具体的な事例に当てはめて考えることができるようにならなければなりません。
相殺の考え方
1.相殺とは
相殺とは、債権者と債務者が相互に同種の内容の債権・債務をもつ場合に、その債権と債務とを対当額において消滅させる一方的意思表示をいいます。
下の図において、Aが相殺の意思表示をしようとする場合、Aの債権を「自働債権」、Bの債権を「受働債権」といいます。逆にBから相殺する場合は、Aの債権が「受働債権」、Bの債権が「自働債権」ということになります。要するに、相殺する側から見て債権に当たるものが「自働債権」であり、債務に当たるものが「受働債権」です。
2.相殺の可否
(1)債権の種類
双方の債権が、金銭債権と金銭債権というように同種の目的を有しないと相殺できませんが、債権額・履行期・履行地は異なってもかまいません。
(2)債権の弁済期
自働債権の弁済期が到来すれば、受働債権の弁済期が未到来でも相殺できます。相殺をすると、実質的には債権(自働債権)の回収をして、債務(受働債権)の弁済をしたことになります。したがって、弁済期が来ていないと債権を請求できない以上、自働債権の弁済期が未到来では相殺できないのです。これに対し、債務者からあえて弁済期前に弁済をすることはかまわないので、受働債権の弁済期が到来している必要はありません。
(3)時効消滅した債権
自働債権が時効消滅した後でも、その前に相殺適状(相殺が可能な状態)になっていれば、相殺できます。
(4)抗弁権の付着した債権
自働債権の請求に対して、相手方が同時履行の抗弁権を主張できる場合は、相殺できません。
(5)不法行為によって生じた債権
①悪意による不法行為に基づく損害賠償債務、および②人の生命・身体の侵害による損害賠償債務を受働債権として相殺することはできませんが、自働債権とする相殺をすることはできます。
この点は、自働債権・受働債権という文言で覚えると間違えやすいので、加害者からは相殺できないが、被害者からは相殺できると覚えましょう。
(6)受働債権の差押え後に取得した自働債権
第三者が受働債権を差し押さえた場合、その差押え以前から自働債権を取得していた債権者は差押え後も相殺をすることができますが、受働債権の差押え後に自働債権を取得した債権者は相殺を差押え債権者に対抗することはできません。
3.相殺の方法と効果
相殺は、当事者の一方的意思表示によって行いますが(相手方の承諾不要)、この意思表示に条件または期限をつけることはできません。
相殺の意思表示をすると、相殺適状時にさかのぼって、双方の債権は対当額で消滅します。
問題を解いてみよう!
- 【Q1】Aは、令和5年10月1日、A所有の甲地につき、Bと代金1,000万円、支払期日を同年12月1日とする売買契約を締結した。BがAに対して同年12月31日を支払期日とする貸金債権を有している場合には、Bは同年12月1日に売買代金債務と当該貸金債権を対当額で相殺できる。(H30 問9改)
- 【Q2】Aは、令和5年10月1日、A所有の甲地につき、Bと代金1,000万円、支払期日を同年12月1日とする売買契約を締結した。同年10月10日、BがAの自動車事故によって身体に被害を受け、Aに対して不法行為に基づく損害賠償債権を取得した場合には、Bは売買代金債務と当該損害賠償を対当額で相殺することができる。(H30 問9改)
こう考えよう!<解答と解説>
Answer1
【解説】12月1日現在、Bから見た債務(受働債権)の弁済期は到来していますが、債権(自働債権)の弁済期は到来していないので、Bから相殺することはできません。
Answer2
【解説】人の生命・身体の侵害による損害賠償債権について、加害者(債務者)の側から相殺することはできませんが、被害者(債権者)の側から相殺することはできます。
植杉 伸介
宅建士・行政書士・マンション管理士、管理業務主任者試験などの講師を35年以上務める。著書に『マンガはじめてマンション管理士・管理業務主任者』(住宅新報出版)、『ケータイ宅建士 2024』(三省堂)などがあるほか、多くの問題集の作成に携わり、受験勉強のノウハウを提供している。