Vol.1 小規模の個人事業主であっても、銀行員と付き合う際に「やめたほうがよいこと」


はじめまして。大学卒業後の31年間、行員として銀行に勤務し、現在も小さな会社を共同経営しながら非常勤で金融機関に在籍しています。本音での解説ゆえ、不動産業者各位にとって何かとお悩みの種である銀行との関係改善の一助になれば、うれしく思います。

銀行業はサービス業のなかでも特徴的

銀行業は、不動産仲介業などと同じサービス業の一つですが、そうしたサービス業のなかでもそれなりに特徴を持っています(図表1)。

図表1 サービス業内でも特徴的な銀行業[例示/順不同]

ⓐ 顧客数の多さ
⇒たとえ過疎地にある店舗であっても、かなりの数の取引顧客を持つ

ⓑ 取引時の顧客属性の詳細な把握
⇒住所・氏名などを聞き出して取引する例外的な業者である

ⓒ 取引形態と期間
⇒反復継続・年単位で取引する

公共料金の支払いや学費の納入などに代表されるように、預金取引は社会生活と事実上切り離せません。このため預金口座保有者を含む銀行の取引顧客は、膨大な数に達します。一見するとほとんど来店顧客がいないような過疎地の銀行店舗でも、取引顧客が万に近いこともあります。これがⓐです。

銀行側は、そうした多くの顧客の“氏素性”を知った上で取引しています。郵便局などの元公共セクターを除けば、サービス業内でも異例の立ち位置で、これがⓑです。

さらに、親子リレー型でならば返済期間が最長50年に及ぶ住宅ローンなど、取引期間が超長期に及ぶことも少なくありません。銀行の顧客には、取引期間が一世紀以上にわたる取引先もみられます。これがⓒです。

そうした銀行の中核業務は、今も昔も「預金を原資とした融資」です。長期にわたる取引を前提に、そうした中核業務を展開する以上、安定的に預けてくれる取引先や借りてくれる取引先を探し出して囲い込もうとする意向が働きます。

裏を返せば、そうでない取引先や、そうなりそうもない取引先を注視・特定し、取引条件を見直したり保全を図ろうとしたりもし続けます。店舗や機械が更新されても、銀行のそうした姿勢は普遍的で変わらないのです。

したがって、今回の金利引上げがもたらす相応の混乱に先んじて、相手先銀行や取引内容を常に見直し続けていくことを視野に入れることが一案となります。融資を申し込まれた際の判断根拠でも、「いつから取引しているのか」「これまでどんな取引を積み重ねてきたのか」を材料にしない銀行はありません。

銀行は、事業者内の“実権者”を評価し取引する

銀行は、不動産関係を含む中小企業・小規模事業者に対し、「代表者の能力≒事業者の能力」と解釈・評価して取引を行います。よって、事業者名義だけでなく、代表者個人の口座を開設して一定額を毎月積み立てておけば、相応の信用として記録され続けもします。

逆に、銀行にとって注意すべき兆候も着実にとらえて取引に反映します。別の機会に稿をあらためてご説明しますが、金利上昇は銀行にとって非常に激しい逆風ですので、銀行側が取引を厳しくする可能性はあります。

預金や融資をはじめ、銀行が取り扱う商品やサービスは、いずれも契約に則って提供します。つくりは仰々しく、細かい字で長文が記載された契約書様式も多いため、不慣れな読み手には優しくありません。

そんな実情を知りつつも、銀行側は、事業者内の“実権者”(=事業者内での実質的な最終意思決定権限者を指す銀行業界用語)がおのおのの契約書に実際に目を通した上で内容を理解しているか否かをとても重要視しています。

「内容がよくわかっていない相手をだまして、とにかく記名捺印させればよいとされている」「銀行の言うことは全部正しい、と黙ってはんこをつく相手を上客として取り扱う」のは、小説やドラマの中だけです。「言った」「聞いてない」と水掛け論の結果、争いに発展すれば、「行員が専門知識を悪用して知識弱者の顧客側を欺(あざむ)いた」と解釈され、銀行側が無傷で済むことはないのです。

よって近時の銀行では、「どれだけきちんと内容をご説明した上で、ご納得後に契約に至ったか」が行員・職員の重要な査定材料にもなっています。それだけでなく、銀行取引時に契約内容を確認しないような実権者ならば、他の商取引時にも契約内容を精査されない可能性があるとも疑います。

それゆえに、契約書の内容に不明な点があればそれを特定し、行員側にその場や後日に具体的に尋ねることがベターです。よく読んだ結果、全てを漏れなく理解できなくてもいいのです。実際はそうでもない割合も高いのですが、行員側は金融取引にくわしい“専門家”を自認していますので、「そんなことも知らないのか」と馬鹿にはせず、喜んで説明・解説します。実権者がどうしても多忙で、契約書の記載内容を確認・精査できなければ、最低でも経理部門の責任者等を含む複数名で、内容を確認する態勢とした上で、それを銀行側に伝えられるとよいでしょう。これらが図表2㋐の対応内容になります。

図表2 銀行取引時に留意したほうがよい事項例示/順不同]

取引銀行を替える際に留意すべきこと

そんな一方で、行員個々人の専門知識や人間性は千差万別のため、事業者側が銀行担当者との日常のやり取りなどに不快な思いを抱えている可能性もあります。たとえそうした事情を抱えていても、「(あそこは)好き嫌いで取引銀行を替えた」と受け取られかねない形で銀行を入れ替えれば、相当の代償を払うことになりかねません。

その最大の理由は、他の銀行などに「銀行を替えるようなトラブルとは一体どんなことだったのか?」「実際の経営状態は表面的に窺(うかが)える以上に悪いのではないか?」と勘繰られることです。銀行などが取引先などから信用情報を収集する過程で、信用不安材料が広まってしまう可能性も否定しきれません。

銀行が事業者を注視する際の着目箇所は多岐にわたりますが、最も重要視する箇所の一つに「銀行取引が安定しているかどうか」があります。たとえ日頃は業績を競い合っている商売敵の銀行との間であっても、安定した取引を長期にわたって継続していることは、銀行を問わず大きな加点材料として取り扱われます。

したがって、入れ替えたいと希望した際にも、現在の取引行にあえて意図を伝える必要はありません。そうではなく、取引を希望する銀行に、必要に応じて新たに口座開設等を行った上で、旧来の取引銀行から預金や融資などを移すことが得策です。これらが図表2㋑の対応内容になります。

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佐々木 城夛(じょうた)

オペレーショナルデザイン㈱
取締役デザイナー/データアナリスト

佐々木 城夛(じょうた)

1990年信金中央金庫入庫。欧州系証券会社(在英国)Associate Director、信用金庫部上席審議役兼コンサルティング室長、静岡支店長、地域・中小企業研究所主席研究員等を経て2021年4月に独立。「ダイヤモンド・オンライン」(ダイヤモンド社)、「金融財政ビジネス」(時事通信社)ほか連載多数。著書に「いちばんやさしい金融リスク管理」(近代セールス社)ほか。 https://jota-sasaki.jimdosite.com/