Vol.43 売買重要事項の調査説明~現地照合確認調査編③~
“がけ”条例の調査を忘れた売買トラブル事例


“がけ”とは、「地表面が水平面に対し30度を超える角度をなす硬岩盤以外の土地」と定義され、がけ条例の建築規制は各地で異なり、がけや擁壁に関する調査は、特に難しい分野です。しかも、一度、調査ミスが生じると買主の損害額が大きく、訴訟に発展します。本章では、現地の状況が、①既存擁壁が存在する場合 ②既存擁壁が存在しない場合に分けて、“がけ”と擁壁の調査方法について、重要なポイントを述べます。

がけ条例の説明忘れで1,150万円の損害賠償判決!

<がけ斜面に既存擁壁が存在しない自然斜面の事例>

こんな事件がありました。平成元年5月、藤沢市に居住する医師は、住宅の新築目的で、鎌倉市の土地319㎡を1億1,800万円で、資本金200億円の大手不動産会社の仲介により、個人の売主と売買契約を締結しました。取引対象地の東側には7~8mのがけがあり、崩れかかった擁壁もありました。仲介業者は、「本件概算見積書は参考資料にすぎない」旨を重要事項説明した上で、売買契約を締結し、取引が完了しました。買主が工事に着手しようとしたところ、「本件概算見積書の擁壁設計案は、建築基準条例に基づく規制に適合しない」、そして「擁壁築造工事は、東側部分だけでなく、南側隣地に属するがけ部分をも大幅に削り取る必要があるため、本件土地の東側部分に擁壁を造るのは困難である」とわかりました。その結果、「がけ条例による建築規制で、擁壁を設置しない場合は、敷地の約半分が建物の敷地に利用できない」ことがわかり、仲介業者を相手に訴訟を起こしました。

東京高裁は、次のように判決しました。

「本件土地上に建物を新築する場合、神奈川県建築基準条例第3条(現在の鎌倉市は2m)で3mを超えるがけが規制対象となり、がけ部分に擁壁を設置しない場合には、東側境界から10ないし11mの範囲に建築制限を受け、がけの高さの2倍を超える範囲にセットバックをしなければならず、本件土地の東側の半分近くの利用が大幅に制限されるか、東側境界付近に大規模で多額の費用を要する擁壁築造工事を施工する必要がある。本件売買契約にあたり、仲介業者が買主に対して重要事項の説明を行った際、盛土をする場合、宅地造成等規制法による規制がある旨の告知はしたが、その具体的な説明は行わず、また、本件土地につき県建築基準条例(がけ条例)に基づく規制があることの説明をしなかった」。その結果、「仲介業者には善管注意義務違反による損害賠償責任がある」と判決しました。そして、仲介手数料370万円のうち150万円と、弁護士費用約100万円、被害額900万円の合計額1,150万円の買主の損害を認め、仲介業者に支払うようにと判決しました(平成12年10月26日、浅生重機裁判長)。

重要事項説明書に記載欄がない場合の「がけ条例」

どうして、このようながけ条例があるのに、取引現場において、忘れてしまうのでしょうか。全国のがけ条例はそれぞれの地方の実情に応じて、がけ規制の高さや建築規制範囲が異なり、全国一律の法律ではありません(ポイント1)。がけ条例の記載欄がない書式で他の業界の宅建業者と取引をしなければならない場合は、忘れずに、その他の欄に記載し説明をすることが大切です。しかし、“がけ”があるのに“がけ”の規制はどうだろうか?と、最初に、現地で疑問に感じていれば、起きなかった事件かも知れません。

ポイント1

がけ条例は、地域の実情に応じて、「規制対象のがけの高さ」と「建築物の建築規制範囲」が、次の表のようにそれぞれ異なっており、重要事項説明書の記載忘れには注意する必要があります。

全国の主な“がけ”条例

全国の主な“がけ”条例

擁壁の検査済証があっても、2段盛土で建築確認が出ない!

<がけ斜面に既存擁壁が存在する事例>

こんな事件がありました。現地にはコンクリート擁壁があり、工作物の確認、検査済証もありました。しかし、現地照合の確認調査の中で、外見からはコンクリート擁壁の上に、4段のブロックが積まれ、敷地内側から見るとブロック2段分の高さで盛土が行われていました。建築確認担当課に照会したところ、その回答は、「現地の状況は2段盛土で、盛土の土砂を除去しなければ、この敷地での再建築の際の確認は出ない」とのことでした。実際の取引では、このことを重要事項説明書で説明をして、無事に取引が行われました。

現地で、がけ斜面に擁壁が存在しているときは、工作物の許認可および検査の記録の調査が必要です。建築基準法の工作物確認、都市計画法の開発許可、宅地造成許可、旧住宅地造成事業法による認可、区画整理事業の認可などによる擁壁の許認可記録を取得します。設計図書を入手できた場合は、設計図上の工作物の高さと現地の擁壁の高さが一致しているかを確認します。また、許可があっても検査済証がない場合は、擁壁は存在しないものとみなされます。一方、この事例のように、検査済証があっても擁壁の利用方法によっては、対象地での建築確認が出ません。2段盛土の場合や2段擁壁の場合は、検査済証があっても、2段擁壁、2段盛土の状態を元の状態に復元しない場合は、その敷地での建築確認を取得できないため、注意が必要です(ポイント2)。

ポイント2

写真のように、擁壁は「工作物の確認あり、検査済み証あり」にもかかわらず、現地照合確認調査をしたところ、外から見てコンクリート擁壁の上に設置した4段(約80cm)のブロックがあり(写真上)、その敷地内側にはブロック2段(約40cm分)分の盛土があり(写真下)、2段盛土の状態です。このような2段盛土の場合は、再建築の際、約40cm分の土砂を除去し、2段盛土の状況を解消しなければ建築確認は出ないため注意が必要です。

ポイント2の参考画像
ポイント2の参考画像

津村 重行

不動産コンサルタント

津村 重行

三井のリハウス勤務を経て有限会社津村事務所設立。2001年有限会社エスクローツムラに社名変更。消費者保護を目的とした不動産売買取引の物件調査を主な事業とし、不動産取引におけるトラブルリスク回避を目的に、宅建業法のグレーゾーン解消のための開発文書の発表を行い、研修セミナーや執筆活動等により普及活動を行う。著書に『不動産物件調査入門 実務編』『不動産物件調査入門 取引直前編』(ともに住宅新報出版)など。