Vol.51 売買重要事項の調査説明 ~取引直前調査編⑤~
4種類のインスペクション特約について


不動産売買が完了した後に、買主が土地や建物を改良工事しようとしたところ、予定外のものが発見されたという不動産トラブルは、日常的に起きています。インスペクションには数多くの種類がありますが、本章では、特にトラブルが多いものを中心に、土地や建物の不動産売買とインスペクションとの関係について述べます。

米国の住宅市場におけるインスペクション

国交省の国土交通政策研究所は、「米国における住宅売買の流れ」と題する研究報告で、「インスペクションの利用は、特に義務づけられているわけではなく、既存住宅の購入者が購入前に依頼し、費用も支払うのが基本的である。既存住宅の取引において、70%程度がインスペクションを利用している」としています。しかも、「売買契約では、インスペクションの結果、○○円未満は受忍限度とし、それ以上は白紙解除というのが一般的」とされています。

一方、日本の不動産流通業界では、インスペクションに対する利用頻度は低く、トラブルを抱えた不動産売買の傾向が続いています。

高額化する土壌汚染対策工事

土壌汚染対策工事は多額な費用となることが多く、契約内容不適合担保免責特約を付加しても、買主から「想定されていなかった契約内容不適合」とした訴訟が想定されます。この対策として、第1に「インスペクションの結果、環境基本法第16条第1項による土壌汚染に係る環境基準に定める基準値未満の場合は、買主の受忍限度の範囲内とし、契約内容不適合に該当しないことを、売主買主は互いに合意した」という特約の付加です。あるいは第2に、「契約締結後、買主は速やかに、自己の責任と負担をもって土壌汚染のインスペクションを実施し、その検査結果の如何を問わず、結果報告書の受領日の翌日から3日間に限り、買主は書面により白紙解除ができる」という特約の付加が有効です。そして、最もトラブルリスクが少ない方法は、第3の「売買契約締結前の土壌汚染検査の実施」です。もちろん、建付け地の状況により検査ができない場合もあります。

ポイント1

土壌汚染検査には2段階があり、フェーズ1は、土壌汚染の可能性の調査で、たとえば自動車修理工場で80万円ほど。フェーズ2は、土壌の表層部分のサンプリング調査で、その結果により、地中下の土壌の含有検査に入り、数百万の費用がかかります。汚染土壌対策は、「盛土、封じ込め」は費用が比較的少なく、「掘削除去」は多額の費用になります。そのほか、「検査実施後、基準値未満は容認すること」などの特約は有効です。

土壌汚染検査報告書

地中障害物のインスペクション

地中障害物では、「浄化槽の残置」「地下室の残置」「地下貯水槽の残置」「地下給油タンクの残置」「巨大な自然岩石」「産業破棄物の残置」などがあります。地中障害物によるトラブルでは、不動産取引後に実施した地盤調査により「聞かされていなかった軟弱地盤で地盤補強費用が必要になった」といった事例も多数あります。最近では、某地盤調査会社などで「住宅の地盤調査費用は3万円ほど。報告書は1週間くらいで届けられる」とするところもあり、利用しやすくなりました。このため、買主による売買契約締結前のインスペクションは有効です。一方、契約締結後のインスペクションでは、重要事項説明書において、「本物件周辺は軟弱地盤です」や「耐震重量建築物を建築する場合は地盤改良が必要です」などの説明が必要です。また、トラブル対策では、「補修費用が50万円(例)を超える場合、検査報告書受領日の翌日から3日間に限り書面により白紙解除できる」という特約が有効です。米国ではこれをデューデリジェンスピリオドと呼び、日常的に利用されているため、不動産トラブルが非常に少ないのです。

ポイント2

地盤調査は、既存建物が所在していても、十分検査が可能となり、費用も数万円程度です。報告書も1週間ほどで届きます。売買契約締結前に地盤調査の実施を勧めると、トラブル防止になり、売主も買主も安心されます。写真は、スウェーデン式サウンディング方式。

地盤調査

住宅性能インスペクション

住宅性能のインスペクションについては、インスペクション付き住宅ローンなどがあり、現在、トラブル防止に役立っています。問題は、インスペクションの結果、検査対象外の箇所で、多額の補修費用が発生することがあり、売主が対応できないことによるトラブルがあることです。このトラブル防止対策には、「補修工事費用が50万円未満(金額設定は自由)については売主負担(または買主負担)、この金額を超える場合は白紙解除」とする特約が有効です。「費用の負担者は、検査費用は買主、補修費用は売主」とすると、交渉は進めやすいでしょう。

境界確認インスペクション

敷地境界確定作業の際に、隣接地主の同意が得られないため、契約を続行できないことがあります。敷地境界標が発見できない場合では、「売買契約締結後、売主は速やかに、土地家屋調査士に依頼をして、境界標を設置することとする。万一、隣地所有者の同意が得られず、境界標を設置できない場合は白紙解除とする」という特約が必要です。

このトラブル防止対策では、「契約締結前の境界確認作業」が最も安全ですが、費用負担者を決めておくことが大切です。

4種類のインスペクション特約

ここまで述べてきたインスペクションには、①「契約締結前の実施」②「法令基準値未満は受忍限度」③「補修費用の一定金額未満は受忍限度」④「検査報告書取得後3日間に限り書面による白紙解除」など、4種類の特約があります。そのことを知っていれば、取引条件を考慮して、売主や買主を説得しやすいかもしれません。


津村 重行

不動産コンサルタント

津村 重行

三井のリハウス勤務を経て有限会社津村事務所設立。2001年有限会社エスクローツムラに社名変更。消費者保護を目的とした不動産売買取引の物件調査を主な事業とし、不動産取引におけるトラブルリスク回避を目的に、宅建業法のグレーゾーン解消のための開発文書の発表を行い、研修セミナーや執筆活動等により普及活動を行う。著書に『不動産物件調査入門 実務編』『不動産物件調査入門 取引直前編』(ともに住宅新報出版)など。