Vol.53 売買重要事項の調査説明 ~取引直前調査編⑦~
“特命的調査依頼業務”について


「昨今では購入者の固有の事情、たとえば、購入動機にかかる重要かつ特別な調査事項、いわゆる「特命的調査依頼」への対応なども加わり、ますます高度な重要事項説明書作成能力と説明能力が要求されている」(「宅地建物取引士の使命と役割」不動産流通推進センター)というように、不動産に関する高度な調査技能を要求される時代となりました。本節では、買主のさまざまな購入動機に直面する宅建業者の調査業務に関して述べます。

特命的調査依頼業務とは

はじめに、宅建業者による調査業務の範囲とは、「通常の不動産調査業務の範囲」のほかに「買主の購入動機や購入目的を満たす住環境の調査業務の範囲」が加わります。たとえば、「子どもがぜんそくで、医者から“緑豊かな静かな住環境の住まいに引っ越せば症状が改善する場合がある”と聞かされたので、そのような住まいを探している」といった場合は、周辺環境に関する調査は買主の契約内容そのものであるため、取引物件において、「契約内容の適合、不適合の有無」は重要事項とされます。このような買主の固有の事情や購入動機は、特命的調査依頼業務といいます。他方で、仲介業者の業務範囲について、「周辺環境が本件売買の目的物でないことは明らかであり、また、周辺環境への期待は主観的なものであって、その程度も各個人の個別の事情に左右されるところ、これを本件売買の目的物の範疇に含め、その瑕疵を論ずるためには、少なくとも本件売買の過程のなかで周辺環境も売買の目的としたものと同視できるような事情が生じていたことが必要である」(平成14年1月10日、千葉地裁伊藤敏孝裁判官)というように、特段の買主からの申し出や依頼がない場合は、「宅建業者が通常行うべき不動産調査の範囲」には含まれません。

特命的調査依頼業務はグレーゾーンの範囲内

売買における重要事項説明の範囲とは、「買主の契約内容である購入動機や購入目的、購入計画」によって、重要事項となる場合があり、また、反対にならなかったりします。つまり、同じ物件でありながらも、重要事項説明をするべき範囲が、買主の契約内容に基づいて変動します。これは一般に、「宅建業者が通常行うべき重要事項説明におけるグレーゾーン」といわれているものです。販売開始前に、重要な事項を調査し、調査済みとなった物件であっても、それは、当時、買主を発見していない段階での調査資料であるため、契約締結予定日が決定し、買主が確定した段階での買主の契約内容の確認後は、改めて、重要事項調査の情報を再確認する必要があります。「どのような契約内容のお客様か?」ということが大切です(ポイント1)。

ポイント1

特命的調査依頼業務は、宅建業者が行うべき通常の不動産調査の範囲を理解したうえで、「媒介業務以外の不動産関連業務」に限定されています。下記の図解のように、買主の契約内容に応じてその範囲は変動するため、従来から“不動産の重要事項のグレーゾーン”といわれ、不動産トラブルが多発しやすいエリアです。

媒介業務以外の不動産関連業務

仲介業者には検査義務はない

こんな事例があります。7,000万円で、建築後8年の土地建物を購入し、引っ越して1週間後に、「建物1階のリビングルームにコウモリが入り込んでいるのを発見したため追い出そうとすると、コウモリはリビングルーム天井のエアコンの隙間に逃げ込みました。天井裏を調査すると、コウモリの糞が大量に堆積し、断熱材や天井ボードにまで大きくにじみができており、柱にもカビが発生していることが判明しました」として、買主は、仲介業者を相手に訴訟を起こしました。判決では、「人間の居住する住宅において一定の生物が棲息することは通常不可避であって、特段の保証がない限り、顧客においても(通常の居住に妨げない範囲では)一定の生物が目的物件に棲息していることは当然に予想し甘受すべきことであり、仲介業者としても、コウモリ等が居住の妨げになるほど棲息しているかどうかを天井裏等まで確認調査すべき義務までは、それを疑うべき特段の事情がない限り負わないというべきである」(平成11年7月30日、神戸地裁甲斐野正行裁判官)として、「仲介業者には、疑うべき特段の事情がない限り、天井裏まで確認調査すべき義務までは負わない」としています。

コンサルタント業務とは

宅建業法の解釈・運用の考え方において、「宅地建物取引業者が不動産コンサルティング業務を行う場合には、媒介業務との区分を明確化するため、あらかじめ契約内容を十分に説明して依頼者の理解を得たうえで契約を締結し、成果物は書面等で交付すること」(第34条の2(媒介契約)関係)とし、また、「宅建業者が、媒介業務以外の不動産取引に関連する業務を行う場合には、媒介業務に係る報酬とは別に当該業務に係る報酬を受けることができるが、この場合にも、あらかじめ業務内容に応じた料金設定をするなど、報酬額の明確化を図ること」(第46条第1項(報酬)関係)としています。たとえば、「住宅の特命的調査依頼料金表」として、「屋根裏の雨漏り、動物居住の状況等の調査料金33,000円、床下土台のシロアリによる腐食状況の調査料金33,000円、深夜の騒音振動等の環境の調査料金11,000円、出張料5,500円」などの料金表を作成し、カウンターや事務所の壁の見やすい場所に掲示をし、申し込みがある場合には、「住宅の特命的調査依頼申込書」に署名・押印を取得し、媒介契約以外の契約申し込みを確認した書類であることが大切です。ただし、これらの受託項目は、あくまでも、「宅建業者が、通常、行っていない業務」が、「媒介業務以外の不動産取引に関連する業務」であることが大切です(ポイント2)。

ポイント2

特命的調査依頼業務は、「媒介業務以外の不動産取引関連業務」として、具体的に、料金表を作成し、顧客が見やすい場所に掲示し、購入者による「特命的調査依頼申込書」を書面で取得した上で、実行することが大切です。

特命的調査依頼申込書

津村 重行

不動産コンサルタント

津村 重行

三井のリハウス勤務を経て有限会社津村事務所設立。2001年有限会社エスクローツムラに社名変更。消費者保護を目的とした不動産売買取引の物件調査を主な事業とし、不動産取引におけるトラブルリスク回避を目的に、宅建業法のグレーゾーン解消のための開発文書の発表を行い、研修セミナーや執筆活動等により普及活動を行う。著書に『不動産物件調査入門 実務編』『不動産物件調査入門 取引直前編』(ともに住宅新報出版)など。