Vol.57 グレーゾーン解消のための調査技術編①~
不動産売買に潜むグレーゾーンとは


「不動産売買にはグレーゾーンが存在する」とささやかれている。実際、不動産トラブルの多くはグレーゾーンに関与しているともいわれています。しかし、その存在そのものについては、不明な点が多いのが実情です。本編では、このグレーゾーンの中身について、実務の立場から具体的に明らかにしたいと思います。

売主の説明義務違反は不法行為責任

こんな事件がありました。

「信用組合関西興銀は、資産の欠損見込額を前提にすると債務超過の状態にあって、早晩監督官庁から破綻認定を受ける現実的な危険性があり、代表理事らは、このことを十分に認識し得たにもかかわらず、新大阪支店の支店長をして、買主投資家らに対し、そのことを説明しないまま、平成11年、各500万円の出資を勧誘し、買主投資家らは出資をした。同信用組合は、翌年、金融再生委員会から、金融機能の再生のための緊急措置に関する法律に基づく金融整理管財人による業務および財産の管理を命ずる処分を受け、その経営が破綻した」。この事実により、投資家らは、売主に対する説明義務違反による損害賠償請求を提起しました。

最高裁は、「契約の一方当事者が、当該契約の締結に先立ち、信義則上の説明義務に違反して、当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合には、上記一方当事者は、相手方が当該契約を締結したことにより被った損害につき、不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別、当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはない」(平成23年4月22日最高裁判決)としました。ここでのポイントは、売主の説明義務違反による買主の損害は、債務不履行責任ではなく不法行為責任である、としたことです。

売主の説明義務を規定した法規がない

この判決の中で、千葉勝美裁判長は、次のような補足意見を付記しています。

民法には、契約準備段階における当事者の義務を規定したものはないため、このような契約締結の準備段階の当事者の信義則上の義務を一つの法領域として扱い、その発生要件、内容等を明確にした上で、契約法理に準ずるような法規制を創設することはあり得るところであり、むしろその方が当事者の予見可能性が高まる等の観点から好ましい」としましたが、「それはあくまでも立法政策の問題であって、現行法制を前提にした解釈論の域を超える」と、国会の場において議論されるべき内容としています。

欧米では「売主による情報」を法令で規定

たとえば、カリフォルニア州では、民法1102節(条項変更の可能性あり)において「不動産売買における情報開示書」(ポイント参照)を定めています。そこでは、「売主による情報」として、「本開示書は保証書ではないが、売主は購入希望者が記載情報に基づいて当該不動産の購買意思や購買条件を決定する可能性を踏まえて、以下の情報を開示するものである。売主は、本件取引における当事者代理人が本件物件の実際もしくは予定される売却に関連して個人もしくは団体に当開示書の写しを提供する権限を与えるものである」としています。このように、売主は、法令に従い、情報開示を済ませており、取引前の説明義務については、事実上、果たされている状況です。

ポイント

アメリカでは、次のように、民法において「売主の不動産情報の説明義務」を明記し、売主に宣誓をさせ、売主の説明義務を果たさせる州があります(国交省翻訳)。

不動産売買における情報開示書

売主個人は法令上の説明義務がある

こんな事件がありました。

土地の個人間売買において、「永住目的で売買契約した売主の土地が、東京都市計画事業として約8割が施行される道路敷地に該当し、同地上に建物を建築しても、早晩その実施により建物の全部または一部を撤去しなければならない事情があるため、契約の目的を達することができないのであるから、本件土地の瑕疵があるものとした原判決の判断は正当であり、所論違法は存しない」(昭和41年4月14日最高裁判決)として、売主個人であっても、法令上の瑕疵の存在による損害賠償を認めています。

売主の説明義務の法制化は限定的

売主の説明義務を規定する法令は、「住宅の品質確保の促進等に関する法律」において、「住宅の建設工事の請負人は、設計された住宅に係る住宅性能評価書を交付した場合においては、当該設計住宅性能評価書またはその写しに表示された性能を有する住宅の建設工事を行うことを契約したものとみなす」との定めがあるため、表示項目と現況が異なる場合は、「契約内容の不適合」とされて明確です。しかしこれは、「住宅の品質確保」等を目的としたもので、新築住宅に限定されています。

不動産売買にグレーゾーンが存在する理由

売主の説明義務を規定する法規制がなければ、売主が負うべき説明義務の範囲は不明です。これが、不動産売買にグレーゾーンが存在する理由です。一方、不動産の瑕疵は、大きく分類すると3種類あり、①物件そのものの瑕疵(現況説明事項)、②権利法令上の瑕疵(差押え、都市計画街路等)、③心理的瑕疵(自殺、暴力団事務所、環境保全等)があります。これらの中で、「売主が負うべき説明義務の範囲」とは、“買主の契約内容に応じて契約内容の不適合となる事項”ですが、これが具体的に、取引前に明確にされなければ、売主が負うべき説明義務の範囲は不明なまま、グレーゾーンの状態が続くことになります。

次回からは、グレーゾーン解消のための調査技術を具体的に述べていきます。


津村 重行

不動産コンサルタント

津村 重行

三井のリハウス勤務を経て有限会社津村事務所設立。2001年有限会社エスクローツムラに社名変更。消費者保護を目的とした不動産売買取引の物件調査を主な事業とし、不動産取引におけるトラブルリスク回避を目的に、宅建業法のグレーゾーン解消のための開発文書の発表を行い、研修セミナーや執筆活動等により普及活動を行う。著書に『不動産物件調査入門 実務編』『不動産物件調査入門 取引直前編』(ともに住宅新報出版)など。