Vol.61 売主情報の確認編①~
初回の顧客対応と売主の本人確認について
不動産の重要事項調査は、来店した顧客の対応の際にはすでに始まっています。営業担当者が顧客を十分に観察しなかったことにより、詐欺事件に巻き込まれる場合もあります。本節は、不動産取引の初心に戻り、顧客対応の際、どのような点に注意をする必要があるか、という点について述べます。
いろいろな詐欺事件
来店した顧客(売主)に応対する担当者は、「店頭に来たこの人は、売主本人ではないかもしれない」と普段から気を付けて、顧客の一挙手一投足を観察し、顧客対応をする必要があります。実際にあった2つの詐欺事件を紹介します。
(1)老人を使った詐欺事件
詐欺師らは、かねてから親交のあった82歳の老人に対し、「Aというおじいちゃんが守口にある土地を売ることになったが、病気で取引に出席できないため、代わりに行ってほしい」などと頼み、老人は、最終的にこれを引き受けた。平成19年3月ごろ、詐欺師らは老人に、領収証や契約書に簡単なサインをしてほしい旨を依頼するとともに、Aの氏名等を記載したメモを渡して覚えておくよう指示。老人はこれを了解した。さらに詐欺師らは、老人を連れて身分証明書用の写真を撮りに行き、でき上がった写真を使って、老人の写真が貼付されたA名義の住民基本台帳カード(以下「本件住基カード」)を偽造した。そして、平成19年4月、老人の付添役を務める詐欺師らを交えて事前に喫茶店で打ち合わせをした際、老人に本件住基カードを手渡した。老人は特になにも言うことなくこれを受け取った。また、その場で、本件土地の売買契約書および領収証にA名義の署名をした。
その後、関係者が株式会社D事務所に集まり、本件土地の売買代金の手付金および中間金の授受と、所有権移転の仮登記申請手続きに必要な書類の授受を行った。老人は、打ち合わせどおりA本人として振る舞い、本人確認の際には、携帯していた本件住基カードを相手方に示し、また、司法書士の求めに応じて、登記原因証明情報と委任状にA名義の署名をした。そして買主は、その場で、現金3,000万円と額面2,000円の保証小切手2枚を老人の前に差し出した。老人の横に座っていた詐欺師らはこれを受け取った(平成22年7月8日、大阪地裁判決、老人は無罪)。なお、マイナンバーカードの普及により、現在は住基カードの新規発行はされていません。
これは、詐欺師らが「住基カードの偽造」を行い、なにも知らない82歳の老人に、土地所有者の本人役をさせた事件です。人助けと思い込んでいた老人が「きれいな心で」対応したため、司法書士のミスを誘引した事件です。このような詐欺を未然に防ぐために、売主の本人確認の際は、「ご本人確認のため印鑑証明書の提示をお願いします」と言って、印鑑証明書をあずかり、コピー機にとおして偽造の有無の確認調査をすることが大切です。偽造された証明書には、「複写」という文字は浮き出てきません。
(2)偽りの裁判所判決を利用した詐欺事件
地方裁判所にて、買主役の詐欺師が「売買代金の全額を支払ったのに、所有権移転登記の必要書類が提供されない」と訴訟を起こし、裁判所に出頭した売主役の詐欺師が、「事実です」と言ったため、後日に判決が言い渡され、「判決が確定し、裁判所の職権による所有権移転登記申請手続きが行われた」という事件がありました。詐欺師らは、新しい所有権移転判決証書や土地の登記事項証明書を持参して地元不動産会社に行き、「売却したい」と依頼。不動産会社は、相場的にも問題ないと判断して、2,000万円の手付金を支払いました。
その後、購入した不動産会社の社員が、取引対象の土地を見学すると、第三者が畑を耕していることに気付きました。その人に取引の事実を説明すると、「これは私の土地で、誰にも売却をしていない」と言ったため、自社が「詐欺事件の被害者」であることが判明しました。警察に通報し、残金決済時に集まった詐欺師ら約7名は、その場で逮捕されました。
売主の話を信じても、聞いた話を信頼しない
また、こんな事件がありました。来店した顧客が、「○丁目○番○号の土地を売却したい」という相談をしました。担当者が、「権利証書か登記事項証明書をお持ちですか?」と、質問をすると、「権利証書があります」と返答。拝見すると、「土地の所在、地番、地積等の所有権移転の権利証書」であり、建物の記載はありませんでした。担当者は、さっそく現地を見た上で「土地売買の物件」として調査し、法務局調査では「土地の登記事項証明書、公図、測量図」を取得しました。用地の仕入れにはちょうどよい物件だったので、会社で買い取ることにしました。
しかし、自社で、建売のため建築工事に入ろうとしたところ、近隣の人から「ここは私が住宅を建築する土地です」と言われ、工事が中止となりました。第三者の借地権がある土地という訴えでした。法務局に行き、「土地上に建物の登記の有無」(ポイント参照)を調べると、「第三者名義の建物の登記記録」があることがわかり、結果、不動産会社が大きな損害を被ることになりました。
ポイント
売主が「所有する不動産は土地のみ」と、説明された場合であっても、「信じることと信頼すること」とは全く違います。その情報を“信頼する”ためには、「底地上に建物の登記記録がないか」を調べる調査を経て、初めて信頼できる情報となります。
この事件は、売主が正直な人で、「土地のみの売却」と言っても、間違った認識でいるかもしれないという教訓になりました。つまり、売主の「売りたい」という情報を得て、担当者が信じたとしても、その情報に頼らず、信頼できる情報にするために、「土地上の建物の登記の有無」という不動産調査が必要です。この事件は、売主が「物件は土地のみ」と言い、“担当者が売主を信じ、その情報を信頼した”結果、起きた事件です。
不動産コンサルタント
津村 重行
三井のリハウス勤務を経て有限会社津村事務所設立。2001年有限会社エスクローツムラに社名変更。消費者保護を目的とした不動産売買取引の物件調査を主な事業とし、不動産取引におけるトラブルリスク回避を目的に、宅建業法のグレーゾーン解消のための開発文書の発表を行い、研修セミナーや執筆活動等により普及活動を行う。著書に『不動産物件調査入門 実務編』『不動産物件調査入門 取引直前編』(ともに住宅新報出版)など。