Vol.66
従業員が知りたい不動産調査基礎編 ③
買主の購入動機に影響される不動産トラブル


顧客が不動産を探すことに決めた際、きっかけとなる購入動機をめぐる不動産トラブルは、民法改正後の“契約内容不適合”に影響する重大な事例となります。本節では、このトラブルについて、できる限り具体的な事例を述べたいと思います。

小児ぜんそくの子どもの療養地先の希望

こんな事件がありました。

「買主の長女は、平成8年6月4日生まれであり、平成10年3月ころ(1歳9カ月)から小児ぜんそくの症状を示すようになり、同年10月21日、疾患名を「ぜんそく」とする千葉県小児慢性特定疾患医療受給券を取得した。買主は、医師のすすめもあり、長女のために空気のよい所への転居を考えていた。買主は、平成10年3月ころ、新聞のチラシを見て仲介業者を訪ねたところ、従業員であるKおよびGが応対した。買主は、長女がぜんそくなので、空気がよく、緑がある所の物件を希望する旨を伝えた。数日後、仲介業者から連絡があり、買主は、最初の訪問から1週間後の週末に5、6カ所、その1週間後に3カ所ほどの物件を見せられたが、いずれにも満足できず、物件に案内される車中でも、空気がよい所、緑が多い所がないか等と話をしていた」。このように、日常的な何の変哲もない物件案内が行われていました。

契約交渉の経緯

「さらにその1週間後、買主は、物件を案内された後に、仲介業者の事務所で本件不動産のチラシを見つけ、翌日、本件不動産に案内してもらった。本件不動産の南東側は約4mの水路敷地となっており、さらにその先には、竹や雑木が約10mの高さで繁茂する小高い丘が続いていて、本件建物からは、余裕のある空間と木々の緑が眼前に広がる様子を見ることができた。本件不動産の案内にはKが同行し、同人は、本件不動産南東側の雑木林の部分には将来公園ができるという説明をしたが、擁壁の設置についての話はなかった。買主は、本件不動産の周辺環境に好印象を持ち、平成10年12月11日、仲介業者の仲介により、売主業者から、本件不動産を代金2,750万円で購入した」という経過です。

事件の概要

「本件土地上には、本件建物が建築され、これを含めた本件不動産が売買の対象となっていた。ところが、本件不動産の南東側の前記水路より先の部分は、土地区画整理事業の対象地であり、その具体的内容は、平成8年ころには定まっていて、本件擁壁の設置もそのころには決定されていた。すなわち、本件擁壁は、佐倉市井野西土地区画整理組合により、土地区画整理事業の一環として、調整池および調整池兼用公園の築造に伴って設置されることになっていたものであり、その長さは約103.8m、高さは4.5または5m、鉄筋コンクリート造りであった。

平成10年12月11日、買主は、売主業者から本件不動産を購入した。本件売買契約においては、周辺環境について特段の定めはされておらず、これに言及した条項等もない。買主は、平成11年2月4日、本件不動産に転居したが、同月15日、本件擁壁工事を請け負ったD団地株式会社の工事担当者から、初めて本件擁壁の設置を聞かされた。擁壁は、平成11年末から平成12年始めころには完成した。これにより、本件売買当時存在していた竹や雑木、それによって作られた空間および景観は失われた。本件建物1階からは、目の前に鉄筋コンクリート製の擁壁が見えるのみである」。

売主業者の責任

「周辺環境が本件売買の目的物でないことは明らかであり、また、周辺環境への期待は主観的なものであって、その程度も各個人の個別の事情に左右されるところ、これを本件売買の目的物の範疇(はんちゅう)に含め、その瑕疵を論ずるためには、少なくとも本件売買の過程のなかで周辺環境も売買の目的としたものと同視できるような事情が生じていたことが必要であるというべきである。買主が売主業者代表者と初めて会ったのは本件売買契約の時であり、それ以前における接触はなかった。売主業者は、買主の不動産の購入動機・目的それ自体を知らなかったのであるから、本件擁壁の設置について直ちに告知ないし説明する義務が生じるとはいえない」としました。

仲介業者の責任

「仲介業者は、当初から、あるいは少なくとも複数の物件を買主に案内する過程において、買主の本件不動産の購入動機・目的を知ったものと認められる。仲介業者は、本件不動産の周辺環境に何らかの影響を及ぼすような事情については、特に慎重に調査し、買主に情報提供すべきであった。買主の本件不動産の購入動機・目的を知り、購入決定の事情も知っていた仲介業者が、区画整理事業および公園の建設の事実を把握したにとどまり、その内容の一環である本件擁壁の設置についての調査に至らず、この点についての説明を欠くに至ったことは、仲介契約上の調査義務ないし説明義務に違反したものというべきである。買主の損害額は300万円とするのが相当である」(平成14年1月10日、千葉地裁裁判官・伊藤敏孝、以上は判例時報1807号より(ポイント参照)。

ポイント

顧客が期待する周辺環境などの購入動機については、十分に予測できる場合も含めて、聞かされて知っているときは、特に慎重な調査が必要です。大幅な現状変更を計画する区画整理事業では、完成後の状況について慎重な調査が必要です。下記の赤い楕円ラインの中に、高さ約5mの擁壁ができました。

高さ約5mの擁壁

下記は区画整理事業前の写真。南側は森になっていた

区画整理事業前の写真

まとめ

「買主の購入動機」は、「契約内容」の重要な要素であり、仲介業者や売主がこれを知っている場合やそれを認識できる場合は、重要事項として調査および説明義務を負う、という重要な判例です。


津村 重行

不動産コンサルタント

津村 重行

三井のリハウス勤務を経て有限会社津村事務所設立。2001年有限会社エスクローツムラに社名変更。消費者保護を目的とした不動産売買取引の物件調査を主な事業とし、不動産取引におけるトラブルリスク回避を目的に、宅建業法のグレーゾーン解消のための開発文書の発表を行い、研修セミナーや執筆活動等により普及活動を行う。著書に『不動産物件調査入門 実務編』『不動産物件調査入門 取引直前編』(ともに住宅新報出版)など。