Vol.68
従業員が知りたい不動産調査基礎編 ⑤
騒音基準値を超えても「受忍限度内」となる事例・最高裁


騒音問題については、環境基本法に定めがありますが、定められた基準を超えていると不動産トラブルに発展する場合があります。この騒音の環境基準値と土地建物の契約不適合との関係について、重要な判例がありますので、述べたいと思います。

物件周辺の工場の騒音・振動

こんな事件がありました。

分譲住宅の販売会社は、昭和57年7月ごろ、本件土地とその周辺の土地を購入し、昭和58年4月中旬ごろまでに、その土地上に、本件建物を含めて4戸の建物を建築し、その分譲をしました。

「買主は、本件土地から徒歩10分くらいのところに居住していたが、昭和58年3月末ごろ、新聞の折込広告により販売会社の土地建物分譲を知り、同年4月初めの日曜日に妻子とともに現地へ赴き、担当者の案内で本件建物に入って見分。その後、次の日曜日に父とともに現地を再び見て、本件土地建物を購入する決意をした。 

その際、担当者は買主に対し、本件土地の東側と北側の現況について説明し、本件土地建物は、環境が申し分ない旨述べたが、本件土地の西側の状況については説明をしなかった。買主は、その後も売買契約締結までに2回現地に赴いたが、本件土地の西隣にはスレートぶきの倉庫のような建物が存するという程度の意識しかなかった。

買主は、昭和58年4月21日、分譲住宅の建築販売等を業とする会社との間で、売買代金1,380万円で本件売買契約を締結し、売主に対し、同年5月2日に最終残代金1,180万円を支払い、本件土地建物の引渡しを受けた。買主は、昭和58年5月5日、家族とともに本件建物に入居したが、本件土地の西隣の工場からの騒音・振動が、本件建物内でも感じられる状況であった」。

このようなことがあり、買主は売主に対して、次のように主張をして、本件土地建物の売買契約の解除を求める訴訟を起こしました。

「隣地の製菓会社は、当時、本件土地の西隣に存する工場でおかきを製造しており、日曜日以外は毎日午前7時45分ごろから正午ごろまでと、午後1時ごろから午後4時ないし午後5時ごろまで操業し、操業中は、乾燥機の音や餅つき機の音および振動が外部に排出されていた。買主の苦情申入れにより、大阪市東住吉保健所では、昭和59年2月2日午前10時半から午後2時までの間、右工場東側の本件土地との境界線上において騒音・振動の測定をしたところ、騒音が排出基準を超える69ホンで、振動が排出基準60デシベル(午前6時から午後9時まで)以内の55デシベルであった」。

裁判所の判断

判決では、以下のように判断をして、買主の請求をいずれも棄却しました。

「買主の買い受けた本件土地の西側に隣接する土地上の製菓の工場からは、騒音・振動が外部に排出されており、本件建物内での生活に影響が生じていることが認められるが、振動は大阪府公害防止条例の定める排出基準内のものである。また、騒音は昭和59年2月2日の測定では排出基準が55ホンのところ、69ホンで超過してはいるが、その程度はさして大きくないことや、騒音・振動排出の時間帯は平日の昼間で、遅くとも午後5時ごろまでであること、買主以外の近隣住民から製菓会社に対する苦情申入れはなされていないことなどを考慮すると、右程度の騒音・振動が隣地から排出されているからといって、本件土地建物が住宅として通常有すべき品質、性能に欠けているとまで認めることはできない。さらに、本件売買契約当時、右騒音・振動は、本件土地の西隣の工場から平日の昼間は排出されつづけていたのであるから、買主は、平日の昼間に現場に赴いて周囲の環境、本件土地建物の立地条件等を調査・見分することにより容易にこれを知りえたはずであると思われ、買主が右騒音・振動の発生源たる工場の存在を知らなかったことについては過失があったものというべきであるから、右隣接工場から騒音・振動が排出されていることをもって、売買目的物たる本件土地建物に隠れた瑕疵があるということはできない。そうすると、本件土地建物に隠れた瑕疵があることを理由とする買主の売買契約解除の意思表示はその効力を生じないものであり、買主の請求は、買主のその余の主張につき判断するまでもなく理由がない」(大阪地裁裁判官・山本矩夫、昭和60年4月26日 判例時報1195号より)。

受忍限度の基準

これは、「環境基準値のみが周辺住民の受忍限度の基準となるものではない」という、重要な判例です。最高裁では、工場騒音の受忍限度について、次のように述べています。

 「ある施設の設置・運営に伴う騒音による被害が、第三者に対する関係において、違法な権利侵害ないし利益侵害になるかどうかは、侵害行為の態様、侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、当該施設の所在地の地域環境、侵害行為の開始とその後の継続の経過および状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無およびその内容、効果等の諸般の事情を総合的に考察して、被害が一般社会生活上受忍すべき程度を超えるものかどうかによって決すべきである。工場等の操業が法令等に違反するものであるかどうかは、右の受忍すべき程度を超えるかどうかを判断するに際し、右諸般の事情の一つとして考慮されるべきであるとしても、それらに違反していることのみをもって、第三者との関係において、その権利ないし利益を違法に侵害していると断定することはできない」(最高裁裁判長・三好達、平成6年3月24日)。

この受忍限度内とされる事象については、契約内容不適合ではないため、契約締結前の当事者の合意確認が可能となる事象といえるかもしれません。

ポイント

受忍すべき程度を超えるかどうかを判断するに際し、工場等の操業が環境基準値に違反していることのみをもって、第三者との関係において、その権利ないし利益を違法に侵害していると断定することはできない(最高裁平成6年3月24日)。

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津村 重行

不動産コンサルタント

津村 重行

三井のリハウス勤務を経て有限会社津村事務所設立。2001年有限会社エスクローツムラに社名変更。消費者保護を目的とした不動産売買取引の物件調査を主な事業とし、不動産取引におけるトラブルリスク回避を目的に、宅建業法のグレーゾーン解消のための開発文書の発表を行い、研修セミナーや執筆活動等により普及活動を行う。著書に『不動産物件調査入門 実務編』『不動産物件調査入門 取引直前編』(ともに住宅新報出版)など。