Vol.69
従業員が知りたい不動産調査基礎編 ⑥
準防火地域内の耐火建築物は接境建築が可能・最高裁
不動産の売買対象物件が、隣接地との境界線に近接して存在する場合、隣接土地所有者から苦情申立てが起きる場合があります。そして、近隣住民との間の苦情は、建物の収去請求(解体撤去請求)など、重大な訴訟に発展する場合があります。近隣紛争に関するいくつかの事例を挙げて、どのような点に注意をすればよいかについて述べたいと思います。
準防火地域内の耐火建築物は接境建築ができる!
こんな事件がありました。
建築土地所有者は、昭和51年4月ごろ、隣地土地所有者の了解を求めることなく、建築土地所有者の土地上に、本件隣地境界線から北に向かって50cmの範囲内の土地部分にまたがって、鉄骨造3階建て建物を建築し始めました。両土地付近は準防火地域に指定されており、建築土地所有者の建物の外壁は耐火構造でした。これに対して、隣地土地所有者は、「境界線から50cmの範囲内に建築中の建物は、民法第234条第1項(改正民法に変更なし)に違反している。同法234条第2項に基づき、規定に違反して建築をしようとする者があるときは、隣地の所有者は、その建築を中止させ、または変更させることができる」と主張して、建物収去等を求める訴訟を提起しました。
最高裁は、次のように判断をしました。
「建築基準法第65条は、防火地域または準防火地域内にある外壁が耐火構造の建築物について、その外壁を隣地境界線に接して設けることができる旨規定しているが、これは、同条所定の建築物に限り、その建築については民法234条1項の規定の適用が排除される旨を定めたものと解するのが相当である。建築基準法第65条は、耐火構造の外壁を設けることが防火上望ましいという見地や、防火地域または準防火地域における土地の合理的ないし効率的な利用を図るという見地に基づき、相隣関係を規律する趣旨で、右各地域内にある建物で外壁が耐火構造のものについては、その外壁を隣地境界線に接して設けることができることを規定したものと解すべき。本件についてこれをみると、建築土地所有者の所有地は準防火地域に指定され、建築土地所有者の建物の外壁は耐火構造であるというのであるから、建築基準法第65条により、建築土地所有者の建物の建築は、本件土地部分においても許容されるというべきである。そうすると、建築土地所有者の建物の建築について民法234条1項の規定が適用されるものとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、この違法解釈が判決に影響を及ぼすことが明らかである」(平成元年9月19日、最高裁、裁判長坂上壽夫)。
この事件は、「準防火地域もしくは防火地域内に建築物を建築するときは、建築物の外壁が耐火構造のときは、境界線に接して建築することができる」とした、重要な判例です。したがって、既存の建築物が、境界線から50cmの範囲内にあるときは、例えば、「隣地境界線との離隔距離は約20cmです。建物の補修工事の際、不便となることがあります」と、その現況を告知することが大切です。また、苦情申立てや訴訟が、現に起きている事実がある場合は、売主による告知が大切です。
建築物完成後の訴えは損害賠償請求のみ!
こんな事件がありました。
兵庫県三木市において、建築土地所有者は、平成14年1月10日ごろ、隣地土地所有者の土地との境界線付近(隣地境界線から50cmの範囲内の土地を含めた位置)において、車庫および倉庫の新築工事を開始しました。本物件土地およびその周辺地域は、防火地域ないし準防火地域ではなかった。隣地土地所有者は、建築工事開始後、複数回、民法234条によって、50cm離す必要があることについて問題としたが、隣地土地所有者から異議申し入れのあった後も工事は進められ、平成14年3月10日ごろには、本件建物はほぼ完成し、建築土地所有者は、3月13日、建築会社から本件建物の引渡しを受けました。隣地土地所有者は、3月19日到達の書面で、建築土地所有者に対し、本件建物を境界線より50cm以上離すことを求めるとともに、本件建築土地所有者の建物の建築廃止または変更を申し入れる訴訟を提起しました。
判決は、以下のようなものでした。
「隣地土地所有者は、建築会社の担当者との交渉の中で、同様の異議申し入れを何度か口頭で行ってはいるものの、建築土地所有者に対し、民法234条違反を理由にして、本件建築土地所有者の建物の建築工事の廃止ないし変更を明確、かつ、断定的に求めたのは、平成14年3月19日到達の書面によってであった。その時点では既に本件建築土地所有者の建物は完成済みであったことに照らすと、民法234条2項ただし書きにより、隣地土地所有者は、建築土地所有者に対し、損害賠償は求め得るとしても、本件建築土地所有者の建物の収去を求めることはできない。民法234条1項違反の本件建築土地所有者建物の存在を受忍しなければならなくなったことによって被った精神的苦痛に対する慰謝料は、20万円を認めるのが相当である」(平成15年6月19日神戸地裁、裁判官上田昭典)。
この事件は、「建物を築造するには、境界線から50cm以上の距離を保たなければならない。規定に違反して建築をしようとする者があるときは、隣地の所有者は、その建築を中止させ、または変更させることができる。ただし、建築に着手した時から1年を経過し、またはその建物が完成した後は、損害賠償の請求のみをすることができる」(民法234条)とされた判例です。
ポイント
準防火地域、防火地域内にある外壁が耐火構造の建物は、境界線に接して建築できる場合があります。ただし、境界線より50cmの離隔距離が不足している場合は、「本物件建物の境界線からの離隔距離は約20cmです。建物の補修工事等の際、不便となる場合があります」という説明が大切です。
不動産コンサルタント
津村 重行
三井のリハウス勤務を経て有限会社津村事務所設立。2001年有限会社エスクローツムラに社名変更。消費者保護を目的とした不動産売買取引の物件調査を主な事業とし、不動産取引におけるトラブルリスク回避を目的に、宅建業法のグレーゾーン解消のための開発文書の発表を行い、研修セミナーや執筆活動等により普及活動を行う。著書に『不動産物件調査入門 実務編』『不動産物件調査入門 取引直前編』(ともに住宅新報出版)など。