Vol.26 売買重要事項の調査説明 ~ガイドライン編②~
売買重要事項の調査説明ガイドラインの構築に向けて


売買契約締結時点においては規制されていなかったが、その後、規制の対象となった物質が混入されていた土地を購入した場合、その物質の混入は「瑕疵」に該当するのでしょうか。

今回は、大きな注目を集めた土壌汚染対策費用についての裁判例を基に、売買重要事項の調査説明について解説します。

令和2(2020)年の宅建業法の改正

令和2年4月1日、宅建業法第35条(重要事項の説明等)、第37条(書面の交付)、第40条(担保責任についての特約の制限)が改正され、「当該宅地又は建物の瑕疵」という条文は、「当該宅地若しくは建物が種類若しくは品質に関して契約の内容に適合しない場合におけるその不適合」という言葉に置き換えられました。

これにより、宅建業者のガイドラインの問題の複雑化に、さらに拍車がかかりましたが、民法改正に影響した平成22年6月1日の最高裁判例を見ると、この難解な条文は、とてもわかりやすくなります。

民法改正に重大な影響を与えた最高裁平成22.6.1判決

こんな事件がありました。

東京都が進めていた日暮里と舎人地区を結ぶ新交通システム日暮里・舎人線(仮称)の開設に不可欠な用地の所有者(A)に対して、代替地を提供するため、足立区土地開発公社は、平成3年、主にフッ素機能商品の製作・販売を業とする株式会社(B)から土地(本件土地)を代金約23億円で買い付け、契約を締結しました。

そのころ、西宮市北部地域と隣接する宝塚市では、古くから六甲山系からの河川の水に含まれる高濃度のフッ素による斑状歯(はんじょうし)被害の危険性が指摘されていました。六甲山系の川水を飲料水として常用する宝塚市には、斑状歯を表す『ハクサリ』という地名があるほど、フッ素は社会問題となりました(平成5年12月17日、最高裁)。平成15年には、土壌汚染対策法が改正施行され、フッ素及びその化合物が特定有害物質と定められました。

一方、足立区土地開発公社は改めて土壌汚染調査を行ったところ、本件土地の土壌が、都条例で定められた土壌汚染処理基準をはるかに超えてフッ素等の有害物質で汚染されていることが明らかになりました。本件土地を提供されたAが代替地として受理することを拒んだため、足立区土地開発公社は本件土地を公園用地とするべく、都条例により、汚染拡散防止措置をとることになり、平成17年、本件土地の土壌汚染対策工事を代金約4億6,000万円で行いました。

足立区土地開発公社は、売主であるBに対して、瑕疵担保による損害賠償請求を求めました。

最高裁の判断

しかし、最高裁は、次のように判決しました。

「売買契約の当事者間において目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたかについては、売買契約締結当時の取引観念を斟酌(しんしゃく)して判断すべきところ、前記事実関係によれば、本件売買契約締結当時、取引観念上、フッ素が土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されておらず、買主・足立区土地開発公社の担当者もそのような認識を有していなかったのであり、フッ素が、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるなどの有害物質として、法令に基づく規制の対象となったのは、本件売買契約締結後であったというのである。本件売買契約締結当時の取引観念上、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されていなかったフッ素について、本件売買契約の当事者間において、それが人の健康を損なう限度を超えて本件土地の土壌に含まれていないことが予定されていたものとみることはできず、本件土地の土壌に溶出量基準値及び含有量基準値のいずれをも超えるフッ素が含まれていたとしても、そのことは、民法570条にいう瑕疵には当たらないというべきである」(平成22年6月1日最高裁裁判長・堀籠幸男)。

売買契約締結当時の“主観的な取引観念”を考慮し瑕疵の有無を判断

この判決は、「目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたかについては、売買契約締結当時の取引観念を斟酌して判断すべき」として、当事者の売買契約締結当時の“主観的な取引観念”を考慮して、瑕疵の有無を判断したことで大きな注目を集めました。

これにより、不動産の売買契約書には、取引当事者の取引観念である「契約の趣旨」や「購入動機」などを、「契約の内容」として特約にして明記することが、不動産トラブルを回避するために重要であるということがはっきりしたわけです。

ポイント1

〈本事例の経過〉

  • □ 平成3年、足立区土地開発公社が株式会社(B)から約23億円で土地(本件土地)を購入
  • □ 平成15年、土壌汚染対策法でフッ素が汚染原因物質の規制対象となる
  • □ 本件土地を再調査した結果、基準をはるかに超えるフッ素等の有害物質が検出
  • □ 本件土地を代替地として提供されたAが受け取りを拒否
  • □ 平成17年、足立区土地開発公社が本件土地の土壌汚染対策工事を代金約4億6,000万円で行う
  • □ 足立区土地開発公社が、売主(B)に対して瑕疵担保による損害賠償請求を求める

ポイント2

「売買契約の当事者間において目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたかについては、売買契約締結当時の取引観念を斟酌して判断すべき。法令に基づく規制の対象となったのは、本件売買契約締結後であった。土地の土壌に溶出量基準値及び含有量基準値のいずれをも超えるフッ素が含まれていたとしても、そのことは、民法570条にいう瑕疵には当たらない」(H22.6.1最高裁)

〈計量証明書例〉

〈計量証明書例〉

津村 重行

不動産コンサルタント

津村 重行

三井のリハウス勤務を経て有限会社津村事務所設立。2001年有限会社エスクローツムラ社名変更。消費者保護を目的とした不動産売買取引の物件調査を主な事業とし、不動産取引におけるトラブルリスク回避を目的に、宅建業法のグレーゾーン解消のための開発文書の発表を行い、研修セミナーや執筆活動等により普及活動を行う。著書に『不動産調査入門 実務編』(住宅新報社)、『不動産調査入門 取引直前編』(住宅新報社)、など。