個人が賃貸建物の建て替えのため、既存の建物(賃貸用・居住用)を取り壊した場合の所得税の取扱いについて教えてください。
Answer
既存建物の取壊し損失等の所得税の取扱いは、その取壊しの対象となった建物の利用の状況によって異なります。既存の賃貸建物の取壊し損失等は、その損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額の計算上、一定額が必要経費に算入されます。
1.賃貸建物を取り壊した場合の取壊し損失等の取扱い
(1)取壊しにより生じた損失等の必要経費算入
賃貸建物の取壊しや除却等により生じた損失(以下「資産損失」といいます)の金額については、その損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額の計算上、必要経費に算入されます。この場合において、賃貸建物の取壊し時における不動産の貸付けが事業的規模であるのか、事業と称するに至らない規模(以下「業務的規模」といいます)であるかどうかにより、必要経費に算入できる金額が次のとおり異なります。
①その貸付けが事業的規模の場合
その資産損失及び取壊しに要した費用の全額が必要経費に算入されます。不動産所得の金額の計算上、控除しきれなかった損失の額は、給与所得など他の所得の金額との損益通算ができ、さらに青色申告の場合には、純損失の繰越控除の適用を受けることができます。
②その貸付けが業務的規模の場合
その資産損失の額のうち、その取壊し年分の不動産所得の金額(その資産損失を控除する前の金額)を限度として、必要経費に算入されます。ただし取壊しに要した費用は資産損失ではないので、その貸付けの規模にかかわらず、不動産所得を生ずべき業務について生じた費用として全額が必要経費に算入できます。
(2)損失の金額の計算の基礎とされる資産の価額
不動産所得の金額の計算上、必要経費に算入される賃貸建物の資産損失の額は、賃貸建物の取壊し等の日にその賃貸建物の譲渡があったものとみなした場合における、賃貸建物の取得費とされる金額(その賃貸建物の未償却残高を基に計算されます)となります。
なお、賃貸建物など減価償却資産を年の中途で譲渡した場合、その年分の償却費の取扱いは、納税者が【1】その譲渡日までの減価償却をせず、譲渡所得の金額の計算上、前年末未償却残高を取得費とする、【2】不動産所得の金額の計算上、その譲渡日までの減価償却費を計算し、減価償却費として必要経費に算入する、のいずれかを選択できるという取扱いがあります。必要経費に算入される取壊し等による資産損失の金額は、『その資産損失が生じた日にその資産の譲渡があったものとみなして計算した取得費の金額』とするとしていることから、前述下線部分の「【1】と【2】の取扱いのいずれかを選択できる」は、資産損失の金額の計算においても、同様に適用されると解されます。
したがって、不動産所得の金額の計算上、資産損失の計算の基礎となる賃貸建物の取得費の金額は、納税者の選択により、次の①または②の取扱いとなります。
①その賃貸建物に係る償却費を不動産所得の必要経費に算入した場合は、その賃貸建物の取壊し日時点における未償却残高となります。
②①以外の場合は、その賃貸建物の取壊し年の前年12月31日時点における未償却残高となります。
(3)「事業的規模」に該当するかどうかの判定基準
前述(1)において、不動産の貸付けが事業的規模かどうかは、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で行われているかどうかにより、判断されます。ただし建物の貸付けについて、次のいずれかの基準に当てはまる場合は、原則的に事業として行われているものとして取り扱われます(所得税法基本通達26−9)。
①貸間、アパート等については、貸与することができる独立した室数がおおむね10以上であること。
②独立家屋の貸付けについては、おおむね5棟以上であること。
(4)取壊しに要した費用の必要経費算入
賃貸建物の取壊しに要した費用は、前述(1)の資産損失ではないので、その貸付けの規模に関わらず、「不動産所得を生ずべき業務について生じた費用」として全額が必要経費に算入されます。
2. 自宅を取壊した場合の取壊し損失等の取扱い
(1)取壊し損失等の必要経費への不算入
自宅として使用していた建物の取壊しは、家事上の資産を任意に処分したものと考えられます。このため、税務上の事業または事業に至らない業務の用に供する建物を新しく建てるための取壊しであったとしても、その取壊しによる損失の額及び取壊しに要した費用の額は「家事上の経費」に該当し、不動産所得の金額の計算上、必要経費に算入できません。
(2)取壊し損失等の取得価額への不算入(減価償却計算)
自宅の取壊しによる損失及び取壊しに要した費用の額は、前述(1)と同じく、家事上の資産を任意に処分したことにより生ずる「家事上の経費」と考えられます。また、賃貸建物の建設等のために要した原材料費、労務費及び経費の額や、賃貸建物を業務の用に供するために直接要した費用の額にも該当しないため、新築した賃貸建物の減価償却計算の基礎とされる取得価額に算入できません。
今回のポイント
- 個人が賃貸併用住宅を取壊した場合の損失等は、業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分、要するに賃貸用部分に係る取壊し損失等を建物の床面積による按分等で明らかに区分することができるときには、その部分に相当する損失等の額は不動産所得の金額の計算上、必要経費に算入される。
- 個人が賃貸建物を取壊し、賃貸建物ではなく自宅を建築した場合であっても、その賃貸建物の取壊しが賃貸業の廃業に伴って速やかに解体工事が行われるなど、業務の清算の一環として行われたことが明らかである場合には、取壊費用を不動産所得の金額の計算上、必要経費に算入して差し支えないとされる(参考:「建物の取壊し費用の所得税法上の取扱いについて 取壊し目的と必要経費性との関係を中心として」税務大学校論叢第90号 平成29年6月)。
税理士法人タクトコンサルティング
情報企画部部長 税理士
山崎 信義
2001年タクトコンサルティング入社。相続、譲渡、事業承継から企業組織再編まで、資産税を機軸にコンサルティングを行う。中小企業庁「『事業引継ぎガイドライン』改訂検討会」委員などを歴任。著書に『不動産組替えの税務Q&A』(大蔵財務協会)、『事業承継 実務全書』(日本法令)など。