スマートシティ加賀の挑戦
~消滅可能性都市からの脱却~
人口減少等で発生してきているさまざまな地域課題に対して、先端技術を地域に導入することで解決を図り、市民生活の質の向上を目指す石川県加賀市。スピード感をもった取り組みが進められる加賀市の現在をレポートします。
IoT技術の導入で商品化率を向上
石川県の南西部、福井県との県境に位置し、人口約6万3000人を擁する加賀市。東京から飛行機で1時間30分、新幹線を利用すれば3時間ほどの時間で移動でき、2024年春の北陸新幹線「金沢~敦賀」の延伸に伴い、加賀温泉駅が新幹線の停車駅として開業されます。
「山代」「山中」「片山津」といった全国有数の温泉地を有し、観光地として名を馳せながら、製造業を基幹産業とし、伝統工芸、農業や漁業も盛んに行われています。なかでもIoT技術を取り入れた農業は、最高級ブドウ「ルビーロマン」の商品化率向上にも大きな成果を挙げています。この件に関して、加賀市スマートシティ課(以降:加賀市)は「ルビーロマンは石川県で育成し、県内のぶどう産地各所で栽培されています。ただ、ルビーロマンは、「粒の大きさ」「色」「糖度」について厳格な出荷基準が定められており、これまでの経験と勘に頼った栽培方法だけでは、基準に満たないものが多い状況でした。しかしその状況を改善したのがIoT技術でした。IoTセンサーにより、ほ場の温度・湿度・日照時間をスマートフォンでリアルタイムに見られるようになり、あわせて、作業記録をデータ化して一元管理することで、現場での作業は大幅に効率化。経験と勘に頼らない、データをベースにした栽培管理によって状況は一変しました。現在、商品化率は向上し、加賀市は県内有数のルビーロマンの産地となっています」とのこと。
同様に最先端技術はナシの栽培にも活用され、加賀市は次世代通信基盤「Wi-Fi HaLow(ワイファイヘイロー)」を全国で初めて農業分野に導入し、実証実験を行っています。従来のWi-Fiは通信範囲が数十メートル程度でしたが、HaLow(ヘイロー)は長距離通信が可能。園内の複数個所に無線端末を設置し、端末に接続されたカメラから送られてくる映像や、温度・湿度・日照時間を感知するセンサーのデータを元に、遠隔でも生育状況が把握できるといいます。
このように一見すると加賀市は“農業分野におけるデジタル化”に力を入れている印象を受けますがこれはほんの一端で、同市はいま、生活に関わるすべてのものごとに対してデジタル施策を施し、スマートシティ化に力を入れています。では、なぜ加賀市はスマートシティ化に力をいれているのでしょうか。それは同市が「消滅可能性都市に指定されたこと」が発端だといわれています。
2014年に「消滅可能性都市」の⼀つに指摘された。
(全国1,799⾃治体のうち896団体が指摘を受けた。)
※「消滅可能性都市」…2014年に日本創生会議が指摘。2010年から2040年にかけて、20〜39歳の若年女性人口が5割以下に減少する市町村
スマートシティ化が様々な課題克服の道に
加賀市が消滅可能性都市の指定を受けたのは2014年。当時を振り返り「ピーク時には8万人ほどいた人口が年々減少していき、2040年に人口は半減してしまうという予測が立てられました。同時に高齢者の割合も年々増加し、次世代を担う若手労働者の不足が大きな課題となっていました。また、加賀市は合併を繰り返して形成された市という経緯を持つことから都市機能が分散した「多極分散型の都市構造」である点も問題視されていました。人口減少と少子高齢化が喫緊の課題と捉えていましたが、市を取り巻く環境を見て、改めて課題が山積していることに気づいたのです」と加賀市は話します。
その後、子育て支援をはじめいくつかの対策を講じますが、他の自治体と差別化を図ることは難しいと判断し、スマートシティ化に舵をきったといいます。「当時は第4次産業革命という言葉がニュースなどで取り上げられ、『インターネットを通じてあらゆるモノが結びつき、暮らしの利便性が向上する』といいIoTやAI、ビッグデータの活用が話題になっていた時期でもありました。いま思えばスマートシティに取り掛かるタイミングは最適だったと思っています」と語ります。
海外との交流を交え壮大な人材育成を実施
2016年に地方版IoT推進ラボの選定(経済産業省)と地方創生推進交付金の採択(内閣府)等、国の支援を受けながら加賀市は「最新テクノロジーの導入」と「人材の育成」の2本柱を軸に様々な施策を進めていきます。同市はテクノロジーを市内に普及させ、活用する企業を増やすことで市の産業を高度化し、付加価値の高い企業が集積した産業構造を持つ新たなまちの姿を青写真に描いていますが、まず着手したのが人材の育成でした。
主な取組を見ていくと、2020年に学校教育で必修化となったプログラミング教育を2017年から小中学校で実施したほか、STEAM教育の推進やGIGAスクール構想※の早期実現等、子供たちの環境づくりに取組んでいます。2018年には人材育成と産業創出の拠点「加賀市イノベーションセンター」を開設し、施設内に3Dプリンタやレーザー加工機、電子ミシン機などの最新機材を自由に利用できる「ものづくりラボ」やスタートアップ企業のオフィス(無償貸し出し)等を展開し、翌年には「コンピュータクラブハウス加賀」を設けています。「コンピュータクラブハウスは、アメリカのマサチューセッツ工科大学の協力で開設されたもので『すべての子供たちがテクノロジーに触れられる機会を創出する』をコンセプトに生まれた施設。世界19カ国に約100の施設が存在し、日本では同市の施設が第1号となります。この空間で子供たちは、プログラミングや動画編集、電子音楽の制作に精を出すなど、思い思いの時間を過ごしています」と話します。続けて「実は地方版IoT推進ラボに選定される前の2015年から子供を対象としたロボレーブ国際大会を加賀で実施しています。ロボレーブは、アメリカで開催される世界大会と加賀市開催の国際大会があり、双方ともに小学生~高校生の子供たちがロボットプログラミング技術を競い合う大会。もともとアメリカで誕生したことから拠点はアメリカにありますが、派生したロボレーブ・ジャパン事務局が加賀のイノベーションセンター内に設けられています。コロナの影響で、近年は中止や規模を縮小して行っていましたが、多い時には400人以上の子供たちが参加しています」。このように加賀市が実施する「人材の育成」は、国内に留まらず、世界レベルの壮大なものに及んでいます。
※GIGAスクール構想:2019年に開始された、全国の児童・生徒1人に1台のコンピューターと高速ネットワークを整備する文部科学省の取り組み
サービス実施に欠かせないマイナンバーカードの存在
加賀市のスマートシティ化は市民の生活をも便利なものに変えつつあります。その最たる例が行政サービスのデジタル化であり、可能にしたのがマイナンバーカードだといいます。「加賀市はマイナンバーカードをデジタルインフラの根幹として位置付けています。そのような認識を持つようになったのも市長が欧州のエストニアに視察に行ったことが影響しています。エストニアは世界屈指の電子国家であり、その基盤となっていたのが国民一人ひとりに発給されている「デジタルIDカード」でした。IDカードの活用で、行政サービスの99%が電子化されているといいます。その光景を目の当たりにし、今後スマートシティ化を進めていくに当たって、マイナンバーカードの普及なくしては遂行できないと考えたのです。ただ、どのようにして普及率を高めていけばいいのか。ちょうどその頃、日本でもコロナウイルス感染症が蔓延しはじめ、各自治体が経済対策を行っているさなかでした。そこで加賀市もマイナンバーカードの申請と掛け合わせた市独自の施策を実施していくことで普及率向上に努めていったのです」とのこと。効果はすぐに表れ、マイナンバーの登録者は急増し、現在ではマイナンバーカード申請率82.3%、交付率74.4%までに上昇しています(2022年6月30日現在)。また、加賀市はその過程で、2021年3月末からスマートフォンを使用した電子申請サービスを開始させ、現在では174種類の行政手続きが可能となっています(2022年4月20日現在)。
ただ、ここで懸念されるのが高齢者のスマートフォン利用です。その点を聞くと「確かに高齢化率35%を超える加賀市において、デジタルデバイドは解決しなければならない問題でした。そこで私たちは高齢者を対象にしたスマートフォン教室やよろず相談所を開催しています。スマートシティ化を推進するにあたって“だれひとり取り残さない”といった考えを併せ持ちながら実施しているので、デジタルデバイド対策にも積極的に対応しています。
今後もマイナンバーの活用範囲を拡大して様々なサービスが検討されています。その一例を見ていくと、現在、実証実験が行われている「引越しワンストップサービス」やID・データを活用し、いじめや生活上の異変などの早期発見や予防につなげる「子供の総合的支援」などがあります。そして検討されているサービスの中で特に力を入れているのが「電子市民制度」です。これは「電子市民」というデジタル上の新しい市民区分を作り、関係人口の創出を狙った取り組みです。いきさつを聞くと「人口減少や観光客の減少、この課題に講じる策が関係人口を増やすことにいき着きました。関係人口には様々な定義がありますが、私たちは加賀市に関心を持っていただき、観光に来ていただくだけではなく、例えばふるさと納税などで加賀市と関わりを持ってもらう。そういった方々を電子市民と位置づけ、100万人を目指しています。電子市民に登録した人々に対して行うサービスなどは検討段階ですが、加賀を訪れてくれた際には市民同様のサービスができるようにしたいです」と話します。このようにマイナンバーカードの普及と活用に力を入れ、デジタル基盤を構築した加賀市だからこそ、様々な試みに挑戦することができるのでしょう。スマートシティ加賀の挑戦は今後も続きます。
電子国家として名を馳せるバルト海の小国エストニア
国土面積対して人口密度が非常に低く、国民に行政サービスを行き渡らせるためにはネットの力に頼らざるを得ない状況だったことからデジタルインフラが整備され、電子国家と呼ばれるまでに成長。行政サービスの99%が電子化され、結婚・離婚および不動産以外の行政手続きはオンラインで可能。