移住者が殺到する話題の施策
町が主導で行う「0円空家バンク」とは
~富山県上市町~
空き家を無償でいいから譲りたいと考える所有者。そして、可能な限り安く家を手に入れたいと願う取得希望者。この両者を結びつける「0円空家バンク」が話題です。同施策はこれまでさまざまなメディアで報じられたこともあり、海外から問い合わせがくる等、関心は日増しに高まっています。そこで「0円空家バンク」を実施する富山県上市町に話を聞きました。
特定空家の増加防止に前例のない施策を実施
富山県の東部に位置し、名峰「剱岳(つるぎたけ)」をはじめ、北アルプスの山々が目の前に広がる等、雄大な自然が人々を魅了する上市町。同町は富山市、魚津市、滑川市と隣接し、市街地へのベッドタウンとして人気を博す傍ら、修験道に関連した歴史もあり、大岩山日石寺(おおいわさんにっせきじ)や眼目山立山寺(がんもくざんりゅうせんじ)といった古刹・旧跡等、文化の継承地としても知られています。しかし、観光地として名を馳せる一方、全国の市町村が抱える“人口減少と空き家増加の問題”は上市町も同様で、解決策として開始されたのが「0円空家バンク」でした(図表1)。
「0円空家バンク」が生まれたきっかけを上市町建設課の金盛敬司氏(以降:金盛氏)に聞くと「特定空家の増加を防ぐことが目的だった」と話します。続けて同氏は「当町は、富山県内で最も多く略式代執行を行っている自治体です。行政が取り壊さなければならない空き家をこれ以上、増やしたくない。そういった想いが、「0円空家バンク」の根底にはあります。また、北陸地方の一部は豪雪地帯で、積雪による空き家の倒壊等が発生することもあり、住民の安全面も危惧していました。何か解決する手立てはないかと模索していたところ、住民から「所有している空き家を町に寄付したい」といった要望が寄せられるようになったのです。きっとコロナの影響もあったのでしょう。町外、県外の方から「価格の安い空き家を紹介してほしい」「農業をしながら暮らせる空き家を探している」等の問い合わせが増加しました。そこで、双方が負担する費用を行政が補助する形で、両者の要望を叶えられないかと考えた末、たどり着いたのが0円空家バンクの構想でした」と話します。
その後、上市町の固定資産、財産管理、移住・定住、空き家対策、農業政策、農業委員会等6部署の担当者が集まって施策を練り上げ、資産価値のあるものは不動産事業者に仲介してもらい、不動産事業者が取り扱わない空き家を町が扱う仕組みを構築させ、「0円空家バンク」がスタートします(図表2)。
話題を呼んだ施策は移住促進の鍵に
「0円空家バンク」のシステムを簡単に説明すると、空き家を譲りたい人と空き家を手に入れたい人を結びつける仕組みで、空き家を譲った人には、相続の手続きや不用品の処分にかかる費用として、それぞれ上限5万円の補助が町から支給されます。また、空き家を手に入れた人には引越し費用等に50万円支給のほか、「夫婦合わせて80歳未満」「中学生以下の子供がいる」等、町が設ける条件を満たせば最大345万円の補助を受けることができます。登録できる物件は資産価値のない空き家ですが、金盛氏は「空き家であれば、どのような物件でも登録できるというわけではありません。富山県が定めたガイドラインに沿って、私たちが実地調査を行います。“目立った損傷がないもの”や“部分的な損傷があるもの”かつ簡単なリフォームで直せるものを登録可能な空き家とし、土台の腐敗や建物が傾いているもの、屋根が崩れたりしているもの等、ガイドラインのランク「3」「4」に相当する空き家は登録することができません」と説明します。加えて、町の職員が関与する範囲に関しては「当町に寄せられた最初の相談から最後の入居確認まですべてに関わっています」とのこと。両者を引き合わせる内覧会にも職員が立ち会い、法務、税務に関する質疑応答のほか、例えば水回りの修繕に利用できる補助の説明等、職員でしか説明できない話も現場で対応します。
スタートから約1年が経過した現在、これまで77世帯(県外34世帯、町外39世帯、町内4世帯)の空き家取得希望者が「0円空家バンク」に登録するなど、上市町の取り組みは大きな反響を呼んでいます(令和5年4月末時点)。この状況に金盛氏は「これまで契約成立件数は9件(7件契約済、1件相談中、1件取り下げ)となっていますが、実地調査が終了した物件が17件あり、すぐにでも登録できる件数が6件、相続手続き進行中の物件が8件となっています。こちらも相続の手続きが終了次第、登録する見込みで、取得希望者との内覧会も随時行っていく予定です。これまでの取得希望者の統計を見ると実に95%の方が町外となっており、空き家問題の解消とともに移住促進の手立てとなることを私たちは期待しています」と話します。
テレビ、新聞、雑誌等、これまで多くのメディアで報道された上市町の取り組みは、国内にとどまらず、海外からも注目を浴び、ドイツやロシア、ドバイ等からも問い合わせがあったといいます。
不動産事業者との関係性
行政が「0円空家バンク」を実施する中で、本来、宅地建物の仲介役となる不動産事業者との関係性が多少気になるところですが、冒頭でも述べたように上市町が扱うのは資産価値がない空き家であることがポイントです。この件に関して金盛氏は、「完全にすみ分けをしているので、不動産事業者との間に問題は生じていません。逆に不動産事業者からは感謝の言葉をいただくこともあり、一般の方が不動産事業者に相談した際、取り扱えない物件だと判断したときは、『上市町に相談してみてください』と地元の不動産事業者から紹介していただくケースもあります。同町は人口20,000人ほどの小さな町です。不動産事業者も個人経営の方が多く、お互いにぎすぎすした関係を築いてもうまく事は運びません。行政と民間企業が住みやすいまち作りに、歩みよりながら参画していく。これが私たちのモットーです」。
上市町は、「0円空家バンク」のほか、「若年世帯定住促進事業」や「県外転入者空家改修事業」の普及啓発を行い、前年度比較で県外からの転入者が約4.4倍に増加したと5月に発表しています。これを受けて、金盛氏は「転入された方の多くが、他の地域では味わえないおいしい水や農作物などに満足していると聞きます。また、都市部から来られた方は、田舎特有のゆっくりと流れる時間に癒しを感じているようです。
「0円空家バンク」は、空き家を第三者に無料で譲渡するという前例のない取り組みですが、これまでトラブルもなく引き渡し等、安全に行えていることをうれしく思っています。
今後もこの施策を通して、多くの方に上市町に来ていただきたいと願うと同時に、空き家所有者、取得希望者の双方が安心して空き家の譲渡、取得できるように私たちも全力でサポートしていきます」と抱負を語ります。