まちの紹介
2023.10.13

人気移住地が講じた例を見ない「住宅建設補助制度」とは
~長野県上水内郡(かみみのちぐん)飯綱町(いいづなまち)~

長野県上水内郡飯綱

人口減少に歯止めをかけるため、さまざまな施策を打ち、移住者の受け入れに力を入れる飯綱町。
同町の施策は奏功する一方、住宅供給不足といった新たな課題に頭を悩ませています。
人気移住地ならではの現象、そして町が取った例を見ない策について話を伺いました。

人々の心を揺さぶる飯綱町産のりんご

長野市の北側に位置し、北信五岳(ほくしんごがく)のひとつ飯縄山(いいづなやま)山麓の緩やかな丘陵地に広がる飯綱町。平成17年に牟礼村(むれむら)と三水村(さみずむら)の合併によって誕生し、人口10,000人ほどが暮らす小さな町です。澄み渡った空気と豊かな水源に恵まれた飯綱町は、寒暖差が大きい気候を活かし、りんご栽培の盛んな地として栄えてきました。栽培されるりんごは約50種類にのぼり、流通されている100個に1個は飯綱町で栽培されているりんごといわれ、出荷量もトップクラスを誇ります。今回、話を伺った飯綱町企画課人口増推進室の井澤理恵氏も「飯綱町で栽培されるりんごは赤く艶やかに実り、味が濃く、シャキッとした食感が特徴。地元産のりんごを使用したシードルやジャム、お菓子など、誰でも気軽に楽しめる食も同町の魅力のひとつです。

私たちは、『日本一のりんごの町』を第2次総合計画(平成29年策定)の重点目標のひとつに掲げ、さまざまな施策を展開しています」と話します。そのひとつがプロのパティシエを対象にしたコンクール「いいづなスイーツコンクール」です。今年で5回目となるこのコンクールは、飯綱町のりんごのおいしさ、種類の豊富さを知ってもらうため、パティシエに飯綱町産のりんごを使用してもらい、りんご生産者とパティシエをつなぎ、そして一般の人々にも飯綱町のりんごのおいしさを広めることを目的としています。

実際、飯綱町のりんごの味に魅了され、農家を志す移住者も多く、町は新規就農者向けに、倉庫付きの戸建て住宅3棟の建設や、農機具・施設に最大30万円の補助などを実施しています(平成29年度~)。住宅に関しては家賃を2万円とし、最長で8年間の入居を可能とするなど手厚い支援を行っています。

飯綱町のりんご
飯綱町のりんご栽培は明治時代中頃から牟礼地区で始まり、栽培技術とともに徐々に広まっていった。

町の発展に寄与してきた女性たちの活躍

前段で、第2次総合計画の重点目標に触れましたが、飯綱町はもうひとつ「日本一女性が住みたくなる町」を掲げています。

飯綱町の女性の活躍は全国的にも目覚ましく、農林水産業の振興に大きく寄与したとして女性が結成した有志団体が、平成22年に農林水産省から表彰を受けました。また、平成29年には、女性が継承してきた町の食文化が、ユネスコ無形文化遺産に登録された「和食」の好事例であるとして、その食品サンプルがイタリア・ローマの日本文化食品館内で展示されたこともあります。このように、町の発展には女性たちが大きく貢献してきた背景があるのです。しかし、近年の人口統計データによると、町を支えてきた中心世代である20~39歳の女性の人数と出生率は県内でも最低水準まで低下していることが発覚します。

町は、この事態を喫緊の課題と捉え、子育て世帯を対象にしたテレワークの推進に取り組みます。数年前に実施した子育て中の女性を対象にした仕事に関するニーズ調査によって得た「年間を通して安定した収入を得られる仕事が少ない」「子どもがいても働きやすい職場が欲しい」といった声を踏まえ、託児所併設の就労支援施設「飯綱町ワークセンター」を開設したのです。施設では、スキルアップ講座や企業と子育て世代をつなぐマッチングイベント等を開催するなど、女性が活躍できる地域環境の実現に向けた取り組みを支援します。結果、全体的には人口減少傾向にあるものの、子育て世帯に当たる世代(35~49歳)を増加させることに成功します(図表1)。

■年齢別社会増減の状況(図表1)

年齢別社会増減の状況
※平成26年~令和4年

井澤理恵氏も「もちろん町民すべてが幸せになることを望んでいますが、あえて女性と銘打つことで町の雰囲気も変わります。実はこれまで、町会議員は男性ばかりでした。しかし、現在は3名の女性議員が選ばれ、男性目線に陥りがちだった町政にも女性の意見や考えが反映されるようになりました。そのような背景もあり、徐々に町の雰囲気も変わってきたと感じています。ただ、喜んでばかりもいられません。現在、飯綱町は将来推計を上回るスピードで人口が減少しています。そのことを踏まえ、幅広い世代の移住を促進して、人口増につなげるため、私たちは、各種補助制度の年齢制限を一部撤廃しました。加えて移住希望者の経済的負担を軽減するために補助額の見直しを令和3年度に行い、更なる移住促進につなげるよう努めています」と熱く語ります(図表2)。

■令和3年度から実施した移住補助制度の要件緩和および補助額の見直し等(図表2)

令和3年度から実施した移住補助制度の要件緩和および補助額の見直し等
注)詳細は長野県飯綱町移住定住支援サイトを参照
子育て世帯や就農希望者向け支援が手厚いこともあり、幅広い世代の移住者が町に集まる。
子育て世帯や就農希望者向け支援が手厚いこともあり、幅広い世代の移住者が町に集まる。
子育て世帯や就農希望者向け支援が手厚いこともあり、幅広い世代の移住者が町に集まる。
新しい子育て支援の拠点施設として「みつどんのお家(おうち)」が、令和3年5月にオープン。
新しい子育て支援の拠点施設として「みつどんのお家(おうち)」が、令和3年5月にオープン。
1階は子育て支援センターと、妊娠期からの母子保健機能を有する「子育て世代包括支援センター」に。
1階は子育て支援センターと、妊娠期からの母子保健機能を有する「子育て世代包括支援センター」に。

民間の力を借りて不足する住宅をカバー

移住者を受け入れる補助制度は好評を博すようになりますが、ここで新たな課題が生じます。それが冒頭で触れた「住宅供給不足」です。現に、移住を希望する人が、物件を購入する前に賃貸住宅に住みたいという需要があったものの、町内で住まいが見つからず、近隣市町村へ移住先を変更したケースがあったといいます。賃料が安い町営住宅(若い人たちを対象にした若者住宅を含む)を建設しても競争率は高く、空室が出ないのが現状だそう。そこで、飯綱町が打って出た策が、民間事業者による賃貸住宅建設の推進であり、建設速度を促す「民間賃貸住宅等建設補助金」の制度でした。

詳細を聞くと「飯綱町への移住定住を希望される方にとって、まず確保すべきは生活拠点となる住まいですが、町の財政にも限度があります。そこで、町内に優良な賃貸住宅や従業員宿舎を建設する民間事業者に対して建設に係る費用の一部を補助することで、移住定住人口の増加を図ることを決めたのです。1戸当たりの床面積が25平方メートル以上45平方メートル未満なら150万円、45平方メートル以上であれば200万円の補助金を1棟の戸数にかけて支給するもので、1棟当たりの支給限度額は1,200万円となります。住宅完成後、町の移住・定住を支援するウェブサイトに掲載し移住希望者に公表してPRします」とのこと。令和4年度は、2件の申請があったそうですが、単身者向け住宅6戸1棟と単身向け住宅4戸・世帯向け住宅4戸1棟だったといいます。45平方メートル以上のファミリー向け住宅が増えることで、人口増にもつながると期待します。

また、民間賃貸住宅への移住者に対して「移住定住応援家賃助成金」制度も設けており、3年間で合計最大48万円が補助されます。例えば、月額5万5,000円の民間賃貸物件に住めば、1年目は毎月2万円の補助額が支給され自己負担は3万5,000円となり、2・3年目は補助額1万円が毎月支給され、自己負担額は4万5,000円となります。この制度に関して井澤理恵氏は「移住者にとって、いきなり物件を購入することには抵抗があると思います。最初は賃貸物件に住んでいただき、その際に私たちが金額面で補助をする。住んでいただければ、定住したい気持ちもわいてくると思っているので、次に物件購入につなげていただく。そのような循環イメージを私たちは描いています」と言及します。

■民間賃貸住宅等建設補助金 ※1部抜粋

民間賃貸住宅等建設補助金

■町営住宅の建設

東黒川原田地区若者定住住宅
東黒川原田地区若者定住住宅
普光寺焚荒井地区若者定住住宅
普光寺焚荒井地区若者定住住宅

「飯綱」の名を広める世界大会の開催

飯綱町の良さを体感できる絶好のイベントが9月24日に行われました。それが日本で初めて開催された「INWAワールドカップ ノルディックウォーキング ハーフマラソン長野2023(INWA:国際ノルディックウォーキング連盟公認)」です。ノルディックウォーキングとは、2本のストックを使用しながら歩行し、運動効果をより増進するエクササイズのこと。クロスカントリーの選手が夏場に体力維持のために行うトレーニングです。

大会開催の経緯を聞くと「毎年、飯綱町ではノルディックウォーキングの体験会とノルディックウォーキングハーフマラソン長野の大会を開催してきました。運営ノウハウが蓄積されていたこともあり、ノルディックウォーキングを普及させたいと願うINWAから世界大会開催を打診され、世界大会開催に至ったのです」と、飯綱町産業観光課商工観光係の井澤智州係長は話します。同氏は続けて「日本初というのは大変な名誉なこと。これまでも飯綱町で開催されていた大会に世界の冠がついたわけですから飯綱の知名度も広まればと願っています。

飯綱町の魅力である雄大な自然を肌で感じることもできますので、これを機に飯綱町に住みたいと思う人が一人でも多く出てくれれば言うことはありません」と話します。

なぜこれほどまでに飯綱町は移住者の呼び込みに力を注ぐのでしょう。最後にこの件に関して、井澤理恵氏に話を聞くと、人口増推進室の目標としながら「人口減少は、生活関連サービス(小売り・飲食・娯楽・医療機関・公共機関)の縮小、税収減による行政サービスの低下、地域公共交通の縮小・撤退、地域コミュニティ機能の低下など、多くの問題を生みます。そうしてもたらされた生活水準の低下が、再び、人口減少に拍車をかけ、生活環境の悪化を引き起こすといった負のスパイラルを起こします。そのような現象が起こらないために、人口減少を少しでも和らげ、長きにわたって活力のある地域社会を実現することが目標であり、私たちの役目です。そのために移住者の受け入れに全力で対応しています」と話します。

「INWAワールドカップ ノルディックウォーキング ハーフマラソン長野2023」の概要ポスター
「INWAワールドカップ ノルディックウォーキング ハーフマラソン長野2023」の概要ポスター
霊仙寺湖をはじめ雄大な自然を満喫できる中上級者コース休憩所からの眺め
霊仙寺湖をはじめ雄大な自然を満喫できる中上級者コース休憩所からの眺め