まちの紹介
2024.05.14

地域経済低迷からの脱却
「稼ぐ力のあるまち」へ
期待を集める「まつくる」の手腕
~島根県松江市~


白潟公園
宍道湖大橋南側に位置し、松が多く植えられた和風調の広場と県道を挟んだ東側にある芝生エリアからなる白潟公園。

地元住民と力を合わせ、中心市街地活性化のプロデュースを図る株式会社まつくる(以降:まつくる)。同社はいま、「稼ぐ力のあるまち」をテーマに掲げ、商店街と協同してのイベント開催や空き家の利活用等、まちの賑わい創出に注力しています。

行政と住民の間に立つ中間支援組織として誕生

風光明媚な自然と豊かな文化を育み、世界に誇る国際観光都市として名を馳せる島根県松江市。まつくるが拠点を構える「白潟地区」は、大橋川や宍道湖に隣接し、JR松江駅周辺と松江城周辺を結ぶ動線の中間に位置します。

まつくるの発足は2022年10月19日。松江市に本店を置く山陰合同銀行、島根銀行、しまね信用金庫の3行とTSKさんいん中央テレビの地元企業が共同出資し、民間のまちづくり会社として設立されました(後に松江商工会議所も出資に参加)。設立背景を同社専務執行役員の糸川孝一氏(以降:糸川氏)に聞くと「中心市街地活性化に向けて、迅速に物事を進めていくため」だと話します。続けて「これまで地域課題の解決は、すべて行政任せにしていたこともあり、物事がスムーズに進まなかったことがありました。と言っても当然、私たちが勝手に物事を進めることはできません。そこで当社が行政と地元住民の間に立つ中間支援組織として物事を取り計らっていく。そのような主旨で当社は誕生しました」とのこと。

まつくるの活動エリアである白潟地区は、松江本町商店街、松江天神商店街等、複数の商店街から構成され、江戸時代から続く商店もあったことから、昭和、平成初期までは「商業で栄えたまち」として知られていました。しかし、店主の高齢化と後継者不足等が要因で、商店街は衰退。徐々に客足も停滞し、地域一帯は完全に活気を失ってしまいます。以前のような賑わいを取り戻すためには、商店街自体が元気でなければならない。そう考えた糸川氏たちは、まつくるを事務局とし、地元事業者・不動産事業者・設計士などが名を連ねる協議会を結成。「稼ぐ力のあるまち」をテーマに、民間主導で実践したいこと、そして5年後のまちのあるべき姿をまとめた「まつえ白潟エリア賑わい具体化構想」を作成し、松江市に協業を求めました。

松江駅
玄関口となる松江駅。ビジネス需要も高く駅周辺にはビジネスホテルや飲食店が建ち並ぶ。
まつえ白潟エリアの範囲設定
対象地域は松江市の中心を流れる大橋の南側。古くからこの地を支えた歴史ある商業エリア天神町・白潟本町の南北ラインを軸に、住民を巻き込んでのまちづくりを目指す。

白潟地区の人口推移

白潟地区の人口推移

白潟地区 町丁目別人口の推移

白潟地区 町丁目別人口の推移

町丁目別年齢構成割合

町丁目別年齢構成割合

来場者データを次につなぐDXを活用した取り組み

まつくるの構想は早くも形となり、30年ぶりとなる「まつえ土曜夜市(以降:土曜夜市)」の開催を実現させます。土曜夜市は昭和の時代、商店街が中心となって開催されたイベントで、土曜の夜にさまざまなお店が出店され多くの人が集まる“夏の風物詩”として地域に根付いていました。ただ、先述したように商店街の高齢化や店舗の撤退などが原因で開催は非現実的となり、土曜夜市はいつしか忘れ去られる存在となってしまいます。

久々の開催に、まつくるプランナーの万代繁優氏(以降:万代氏)は、「会社設立後、私たちは賑わい創出のキーワードを探るために、『白潟天神昭和トラベル』と題して、地元の人たち100人にインタビューを実施しました。その中で多くの声があがったのが土曜夜市でした。回答者は40代後半以上の人がほとんどで、土曜夜市を知る世代。若い世代の人たちにも同様の楽しさ、わくわく感を味わってもらいたいと願っている人が多いことがわかったのです」と話します。地元住民の声は実に確かなもので、土曜夜市は5回の開催で計8万1000人の来場者を記録し、大盛況のうちに閉幕(2023年6月~10月の月一回の土曜開催)。

今回のイベントの詳細を伝えると、周辺道路は歩行者天国として整備され、通りにはキッチンカーや露店などが50店舗以上出店したそうです。その一方で、商店街の空き店舗を出店希望者に使用してもらい、白潟エリアで商売をする楽しさを体験してもらう試みも実施されたといいます。糸川氏は「土曜夜市の狙いは賑わい創出と同時に、“これだけの人が集まるエリアなら商売をしたい”と思ってもらえる出店候補者を誘導する狙いもありました。仮に土地や店舗の所有者が、高齢者かつ商いをするのが難しい状況であれば、不動産を貸し出すことも考えられます。これまで商店街の店主たちには、“自分たちの代で店を畳んでもいい”と話す人が多くいましたが、土曜夜市を機に、もう一度チャレンジしてみようと意欲がわいてきている店主もいるようです」と話します。30年ぶりとなった土曜夜市の復活は、翌年以降の実施を望む声が多数寄せられたことから2024年も4回開催されることが決定しています(2024年5月、6月、8月、9月の第4土曜日)。

まつえ土曜夜市
30年ぶりに開催された「まつえ土曜夜市」。スタート時刻15:00を過ぎた段階でこの状況に。

まつくるは土曜夜市の開催にあたり、公式アプリの開発・導入も実施しました。アプリの機能は、イベントの最新情報、商店街マップ、出店情報、スタンプラリー、引き換えクーポン等さまざまで、来場者の満足度向上につながったと考えられます。また、糸川氏はアプリ導入のもうひとつの狙いを「見込客リストの作成」と話します。「今回、土曜夜市の開催にあたって、多くの人がアプリを活用してくれました。アプリを利用するためには、スマートフォンへダウンロードしてからアカウントの作成が必要ですが、このアカウント登録してくれた方が、今後の見込客となるわけです。商店街の最新情報等はプッシュ通知で発信することができるので、例えば、商店街の飲食店が新メニューを考案すれば、アプリを通して情報を会員に発信することができます。これまでは、商店街の各店舗で常連といわれる個々のお客様がいたと思いますが、新たに集客したお客様は商店街全体のファンに当たります。土曜夜市のみならず、宍道湖の夕日を活かしたイベントなども実施していますので、今後もアプリを通したファンづくりを行いながらデータをうまく活用して、賑わい創出の大きな糧にしたいと考えています」。

株式会社まつくるの事業概要・協力体制イメージ図

株式会社まつくるの事業概要・協力体制イメージ図
職人の技を間近で見学できる創作現場の見学会
職人の技を間近で見学できる創作現場の見学会や食事会などを企画し、集客にも努めている。
空き店舗を改装してシェアオフィスに。
住まうように働くをコンセプトに、拠点整備として商店街の空き店舗を改装してシェアオフィスに。
斬新な空間をデザイン。クリエーターが集う場所
古い建築物が持つ良さを引き出し、斬新な空間をデザイン。クリエーターが集う場所としても人気。

賑わい創出に欠かせない不動産流通の活性化

白潟地区は空き家や空き地等の増加が著しく「空洞化」が懸念されていた地区ということもあり、まつくるはこの課題にもいち早く着手していました。この件に関して、万代氏は「天神町商店街にある老舗呉服店が廃業し、空きビルになっていたのです。店主と相談した後に、当社がそのビルを借り受けてリノベーションを施しました。その資金源は経済産業省の地域商業機能複合化推進事業の補助金を活用しているとのこと。幸い入居店舗・企業等も早々に決まり、1階には郷土料理店、1階の奥とその2階に名古屋大学発ベンチャー企業が、郷土料理店の2階部分にはIT企業が入る予定です。改修も終了間近で、新たなまちの顔としてお披露目となります」と話します。

まつくるが改装した元呉服店のビル
まつくるが改装した元呉服店のビル。料理人が調理する姿を見学できるよう大きな窓を設置。

まさに、まつくるが設立当初に掲げた概念「中間支援組織」の役割を全うしていることがわかります。糸川氏は「賑わい創出には、不動産の流動化は欠かせません。そのためには地元の不動産事業者と協力して、使われていない不動産をどう活用していくかがポイントとなります。進行中の不動産事業者との計画に、和多見町にある老舗旅館を我々が買い取り、外国人が住める居住施設に改築する案が進んでいます」と話します。聞けば松江市は、プログラミング言語「Ruby(ルビー)」の開発者がいることから、Ruby を核とする産業振興に取り組んでいる経緯があり、IT大国のインドとの交流が盛んで、多くのインド人のエンジニアが松江にいるといいます。しかし、外国人居住者等のトラブルを懸念し、貸し渋りするオーナーもまだ多くいるため、エンジニアの居住地確保が問題となっています。その課題解決に不動産事業者と協業しているといいます。

設立後わずか1年足らずで、賑わい創出に尽力したまつくるの功績は、松江市に高く評価され、2023年11月に山陰地区で初の「都市再生推進法人」に指定されました。これは、都市再生特別措置法に基づき、市町村から指定を受けると、団体の信頼度や認知度の向上につながるほか、自らの事業を進めるため、まちづくりに関する公的な計画である都市再生整備計画の作成や変更を市町村に提案できる等のメリットがあります。

指定書
交付式
市役所で行われた「都市再生推進法人」指定書交付式。上定市長は、「空き家や空き店舗等をどのように活用するかは松江活性化に向けて欠かせず、市としても一緒に取り組んでいきたい」と協業の意志を表明。(左:株式会社まつくる 中尾禎仁代表取締役社長 右:上定昭仁松江市長)

最後に糸川氏はこの件に触れ、「私たちの活動が評価されたことを非常にうれしく思います。現状の白潟地区のように、活気を失った地方エリアでも尽力すれば高まっていく気運、あきらめかけていた地元商店街の店主たちの高まっていく士気、何より松江には賑わいを取り戻せる受け皿がまだまだ無数にあります。そのひとつひとつをクリアにして「稼げる力のあるまち」をつくりあげていきたいです」と話しました。

大正時代に建設された出雲ビル
大正時代に建設された出雲ビル。建物はそのままに現在も店舗が入居している。