パリ五輪目前企画
文化とスポーツとSDGsと。
多世代が活躍する持続可能なまちづくりに挑む
〜神奈川県川崎市〜
7月26日から開催されるパリ2024オリンピック。
そこで初めて採用される新種目「ブレイキン」をご存知ですか?
このブレイキンをはじめとするストリートカルチャーやスポーツの力を生かして、まちづくりに挑んでいる市があります。
今年で市制100周年を迎える神奈川県川崎市の、市民スポーツ室の取り組みをご紹介します。
ストリートカルチャーの発信地として
ストリートから生まれた「ブレイキン」
この7月、いよいよ開催されるパリ2024オリンピック(以下「パリ五輪」)。そこで採用される唯一の新種目として注目されているのが「ブレイキン」です。
ブレイキンとはダンススポーツのひとつで、日本では「ブレイクダンス」として広く知られています。ヒップホップカルチャーをルーツに持つブレイキンは、ニューヨークのストリートから生まれ、1970年代のアメリカで新しい若者文化を築きました。当初は単にダンスをするだけでしたが、やがて技などを競う競技へと発展。進行をするMCがいるのが特徴で、DJが選曲する音楽に合わせて即興でアクロバティックな動きや独特のフットワークを駆使し、技術や表現力、音楽性などを総合的に判断してジャッジされます。
パリ五輪で話題になり初めて知った、という方も多いかもしれませんが、実は日本はブレイキンの強豪国。男女ともに金メダルが期待される人材を多く輩出しています。そして、そんな人たちが集結するのが、ブレイキンの聖地・川崎なのです。
ブレイキンの聖地・溝の口
ブレイキンと川崎市とのつながりは長く、今から30年近く前にJR武蔵溝ノ口駅の改札前にダンサーたちが集まってダンスの練習をしていたことが始まりでした。その後もブレイクダンスを楽しむために多くの若者が集まり、そこから世界的ダンサーも生まれ、中にはそのために移住する人も出て、武蔵溝ノ口駅前はブレイキンの聖地とまでいわれるようになりました。
「もちろん、改札前は公共の場なので、ダンサーたちはみずから積極的にルールをつくり、人通りの少ない時間帯に踊ったり、音量に気をつけたりしていました。そのため、まちの人たちも徐々にそれが『当たり前の光景』になっていったんでしょうね」と話すのは、川崎市市民文化局市民スポーツ室「若者文化推進担当課長」の石床高志さんです。
「若者文化推進とうたってはいますが、私自身、ストリートカルチャーについてほとんど知らなかったんです」と石床さん。聞けば、川崎市中原区在住であり、武蔵溝ノ口駅に集まるプレイヤーたちの間でもリーダー的存在だった石川勝之(KATSUONE〈カツワン〉)さんが、「行政と一緒に何かできないか」と声をかけてきたことが、ブレイキンと市がつながるきっかけだったそうです。
石川さんは、自身も数々の国際大会で優勝するほか、ユース世代の代表監督として日本に金メダルをもたらすなど、日本のブレイキン界をけん引してきたまとめ役の一人です。そんな石川さんに声をかけられ、市では自分たちのまちをもう一度よく見直してみました。「すると、溝の口だけでなく市内のさまざまな場所で、若者のカルチャーが自然発生的に生まれていました。また、東京オリンピックでスケートボードなどが新種目に加わったこともあり、市のオリパラ推進担当が支援を始め、オリンピック終了後にそのままストリートカルチャーに焦点を当てた支援を引き継いだのです」と石床さんは話します。
若者文化に対する行政の取り組み
①世界的フェスや大会の運営をサポート
実際に行政が行っているのは、まず大会の誘致です。今夏開催のジャンプロープ(なわとび)のアジア選手権をはじめ、さまざまな国内外の大会が川崎市を舞台に行われるようになりました。
川崎駅周辺では、毎年秋にラゾーナ川崎やラ チッタデッラ※などを会場に、「ISF KAWASAKI(インターナショナル ストリート フェスティバル カワサキ)」が行われています。ブレイキンの国際大会やダブルダッチの大会、BMXやスケートボードの体験会、世界で活躍するアーティストによるライブペイントなど、さまざまなストリートカルチャーに触れられる、まさに世界レベルのストリートの祭典です。
※川崎駅東口から徒歩5分ほどのエリアに広がる、イタリアのヒルタウンをモチーフにつくられたエンターテインメントタウン。
このISF KAWASAKIは、実行委員長に石川さんを据えた実行委員会が主催し、川崎市は共催の形をとっています。さらに、市の商工会議所や観光協会、川崎駅周辺の商店街連合会なども支援し、市を挙げて取り組んでいます。石床さんいわく、「ISF KAWASAKIは、市民の皆さんにストリートのカルチャーやスポーツを身近に感じてもらえる場。また参加者にとっては、いろいろなジャンルのプレイヤーたちが一堂に会すので、良い交流の場になっているそうです」。
そのほかにも、市内各所でスケートボードやBMX、ヒップホップダンスなどの体験会を開催するなど、市民に若者文化を認知してもらい、機運を高める取り組みを行っています。
②若者文化の発信拠点を整備
ハード面では「カワサキ文化会館」が誕生しています。ここは、もともと鉄道会社の所有する建物が空きビルとなっていたところを、取り壊し予定である2025年まで無償で市に貸与されたものでした。若者文化の発信拠点としてこのビルに改装を施し、プロバスケットボールチーム「川崎ブレイブサンダース」が運営しています。
3×3バスケットやスケートボードが体験できるマルチパーパスコートと、ダンススタジオが主な施設。一部無償で開放しているほか、ブレイキンやダブルダッチなどの教室は、世界チャンピオン級の実力者が先生を務めるとあって、好評を博しています。
「スケートボードやブレイキンが五輪種目に採用されたことで、ストリートスポーツに注目が集まり、多くの人がその存在を知るようになりました。川崎市では、これまでの土壌を大事にしながら、あくまでプレイヤーを主役、行政はそれを支える側としてかかわっていき、ストリートカルチャーの裾野を広げていければと思っています」(石床さん)。
スポーツ×SDGs活動でまちづくりを
川崎フロンターレとの連携
川崎市を語るうえでは、プロスポーツについても触れないわけにはいきません。特に活発に活動しているのが、プロサッカークラブ「川崎フロンターレ」。同クラブでは、「SDGs」という言葉が出てくる何年も前から、地域に根差し、市民を巻き込んだ楽しい企画づくりを行い、定評を得てきました。
「実は、川崎は“プロスポーツが根付かないまち”といわれてきたんです」と話すのは、市民スポーツ室「スポーツのまちづくり」担当課長の片倉哲史さんです。確かに、サッカーチームのヴェルディ川崎は東京へ、野球のロッテオリオンズは千葉へ、古くは大洋ホエールズが横浜へ……と、ことごとく市外へ移ってしまっています。そんな川崎市にJリーグの後発組として誕生したのが、川崎フロンターレ。前述のような歴史を知っているため、フロンターレは最初から「地域に根差したクラブ」を目指していたといいます。
「JFLから始まって、まだ市民の認知度が低かった時代から、商店街へのあいさつ回りを欠かさず行っていました。それで商店街の方々も自分の息子や孫を応援するような感覚になり、選手との距離が近づいていったんです」と片倉さん。押しも押されぬ強豪クラブとなった今でも、しっかりあいさつ回りを続けているそうです。
フロンターレの特徴的な取り組みは、ほかにもたくさんあります。たとえば、市内の小学校に毎年「川崎フロンターレ算数ドリル」を配付する取り組みでは、ただ配付して終わりではなく、実際に小学生たちと一緒に身体を動かしながら問題を解く実践学習を行っています。また、選手がチームカラーである水色のサンタクロースとなって小児科病棟を慰問したり、「多摩川“エコ”ラシコ」と題して選手会が市や国交省と共催してサポーター参加型の清掃活動を行ったり、川崎浴場組合連合会と連携して銭湯の魅力を伝える「いっしょにおフロんた~れ」を実施したりと、枚挙に暇(いとま)がありません。
川崎市とクラブの結びつき
「献血や火災予防、薬物乱用防止などの啓発用のポスターは、見てもらわないと意味がありません。行政が作るとどうしてもお堅いものになってしまいがちですが、フロンターレの選手がポスターに参加してくれることで、注目度が高まります」と片倉さん。
発信力のあるサッカークラブが行政と手を組んでできることは数多く、今では市の他部署から「フロンターレに協力してもらえないか」「チームマスコットに来てもらえないか」などと相談されることが増えたといいます。市民スポーツ室にはフロンターレだけを担当する職員がおり、2週間に一度はクラブとの定例会を開いているということですから、いかに市とクラブが結びつき、協力しあっているかがわかります。
クラブとしても、地域との絆を深めることが安定したクラブ運営に寄与すると考えているそうです。今や、常に優勝争いをするような強豪クラブになったとはいえ、いつも勝てるとは限りません。そんな時にクラブを支えてくれるのが、地元のサポーターたちなのです。そのためフロンターレでは、新しくチームに加入する選手に対して、地域貢献活動への参加の理解を求めるなど、徹底して地域を大事にしています。
かわさきスポーツパートナー
このフロンターレとの取り組みを先進的事例として、川崎をホームタウンとして活躍する他のスポーツとの連携も深まっています。それが、「かわさきスポーツパートナー」です。「市では、年齢や性別、障害の有無などにかかわらず、誰もがスポーツに参加し、スポーツの楽しさを味わうことができる“スポーツのまち・かわさき”を目指しています。競技の普及やスポーツ推進、ホームタウンスポーツの活性化などに貢献する役割を担ってくれているのが、かわさきスポーツパートナーで、現在、6チームが認定されています」と片倉さんは言います。
そのメンバーとは、川崎フロンターレ、プロバスケットボールチームの川崎ブレイブサンダース、アメリカンフットボールの富士通フロンティアーズ、女子バスケットボールの富士通レッドウェーブ、女子バレーボールのNECレッドロケッツ川崎、野球の東芝ブレイブアレウスです。川崎市とどろきアリーナに6チームの選手やスタッフが会して子どもたちと触れ合う「ボールゲームフェスタ」や、トップアスリートたちが学校などに出向いて行う「ふれあいスポーツ教室」など、さまざまな連携・協働によって“スポーツのまち・かわさき”の推進に貢献しています。
「フロンターレはいわば6チームの長男のようなもの。皆さんフロンターレのこれまでの取り組みを知っているので、ほかの5チームの方々にも快く協力していただいています」と片倉さん。今後も、まちに根付いた文化やスポーツを通じて、市民にもっと川崎市を好きになってもらいたいと話してくれました。