まちの紹介
2021.10.14

新幹線車両が走る在来線がもたらした市制施行への道
―福岡県 那珂川市

新幹線車両が走る在来線がもたらした市制施行への道

2018年に全国で792番目の市となった「那珂川市」。
福岡県の南東に位置し、農業の盛んな地域として栄えてきた町は、全国でも珍しい“300円で新幹線に乗車できる“ことで話題を集め、一躍注目されるようになりました。
町から市へ―。那珂川町が市へ変わった背景には、この“珍事”が大きく影響しているといいます。
その背景とともに、市への昇格を実現させた地元の人たちの取組みを紹介していきます。

利便性は飛躍的に向上

清流“那珂川”が町名の由来という那珂川町が市へ変わったのは、今から3年前の2018年10月。もともとは、1956年に南畑・岩戸・安徳という三つの村が合併してできた人口8,948人の小さな町だったといいます。その後、土地区画整理事業や移住促進事業などにより人口が徐々に増加し、1990年には全国初の新幹線回送列車の一部を在来線として利用した「博多南線」が開業。2006年には佐賀県と那珂川町を結ぶ「東脊振トンネル」が開通するなど、交通インフラが整います。その中でも旅客営業を開始した博多南線の博多南駅が誕生したことによって、那珂川市の交通の利便性は格段と向上することになります。

一日の乗降者数は約16,000人(令和元年)という博多南駅
一日の乗降者数は約16,000人(令和元年)という博多南駅。ガラス張りの駅前ビルは2018年にリニューアル

では、どれくらい向上したのでしょう。当時のことを那珂川市の担当者に聞いてみると「那珂川町の交通はバスや電車(町外)の乗り継ぎやマイカーでの移動が主流で、福岡市内都心部への通勤や通学をする人は約1時間かけて移動していました。そのような状況下、『新幹線車両基地・博多総合車両所に出入りする回送列車を通勤・通学に開放してほしい』いう運動が1984年に始まります。当時の大久保町長を会長に『新幹線回送列車有料乗車実現期成会』を結成し、国やJR西日本へ陳情書の提出等が行われました。この運動が実を結び、運動開始から5年後の1990年に博多南線が開業(当時の1日あたりの乗車数は約3,700人)。この開業によって福岡市内への通勤・通学者の新たな移動手段が確保され、これまで約1時間かかっていた都心部へわずか8分での往来が可能に。しかも乗車券200円、特急券100円の計300円で移動できるようになったのです」と話します。

博多総合車両所側のホームからは、ずらりと並ぶ新幹線の車両を見ることができる
博多総合車両所側のホームからは、ずらりと並ぶ新幹線の車両を見ることができる
新幹線回送列車の一部を在来線として利用した「博多南線」

町と住民が一体となり悲願に向けた取り組み

移動手段が増えただけではなく移動時間の短縮も実現した那珂川町は、ベッドタウンとしての認知度がさらに高まっていき、より多くの人が福岡市都心部と行き来するようになっていきました。また、福岡市に職場や学校がある人の移住先として検討されるようになり、那珂川町は市への昇格を目指すようになります。 

2009年頃から進められたさまざまな取り組みについて、具体的にどのようなものがあったのでしょう。市の担当者は、「まず市制施行のために必要な人口増加への取り組みとして、先進地の視察、住宅取得奨励補助金制度事業(2013年施行)などを始めました。また、家族連れに人気の『新幹線車両基地見学』や現人神社で毎年行われる『流鏑馬』、自然体験や歴史探訪など、那珂川をPRするためのツアーを毎年開催。さらに町内や近隣の企業と連携・協力協定を締結、町のホームページにおいて町内物件情報を公開し、不動産事業者向け転入促進事業補助金制度事業を開始しました。那珂川の知名度を上げるためにメディアを積極的に活用し、2011年からの約5年間で放送された回数は70回以上にのぼります」と話します。そのほか、イベントへの出展やPR誌の発行など町と住民が一体となっての活動が行われ、人口は右肩上がりに。新たな住宅需要は増え、博多南駅周辺には、高層マンションが次々と建設され、ファミリー世帯が増えていきました。加えて単身者の転入も増え、賃貸住宅の需要も上昇したといいます。そしてついに2018年、人口が50,000人を超え、悲願の市制施行を果たすこととなります。

市が運営するかわせみバスは市民の大切な移動手段。
市が運営するかわせみバスは市民の大切な移動手段。「かわせみ」は那珂川市の市鳥

子育て世代を対象に次々と施策を実施

近年、那珂川市は「住みたい街」として注目されています。その理由を担当者に聞くと「那珂川市は、7割が自然という自然の豊かさとそれによって育まれた歴史と文化が感じられるまちです。博多駅まで最短8分で繋ぐ博多南線があり、都市部との行き来が非常に便利であること、清流那珂川が育んだ自然が身近に感じられることの二面性が、暮らしやすいまちとして多くの人の関心を招き、『住みたい街』としての評価を得ていると思います」。市は、子育て世代が暮らしやすい街を目指し、複合児童福祉施設「ふれあいこども館」の建設や、こども総合相談窓口の設置など、さまざまな事業を推進。子育てに関する情報をまとめたガイドブックの作成・無料配布や、子どもの予防接種の管理、成長の記録を残すことができる母子手帳アプリやポータルサイト「nobi nobi」の開設など、市が実施する子育て支援情報の発信を積極的に行っています。2021年4月には、将来を担う子どもたちが健やかに成長し、生き生きと暮らすことができるよう、「那珂川市子どもの権利条例」が施行されました。このような取り組みが、特に子育て世代が魅力を感じる理由かもしれません。

モンベル五ケ山 ベースキャンプ
様々なキャンプのニーズに応える総合キャンプサイト「モンベル五ケ山 ベースキャンプ」
灌漑用に作られた用水路、裂田溝
灌漑用に作られた用水路、裂田溝(さくたのうなで)。日本最古の人工用水路ともいわれている
中ノ島公園
春には桜、夏は川遊び、秋は紅葉など年間を通して楽しめる中ノ島公園

地域共生社会の実現は市が描く壮大なビジョン

これから先、那珂川市がさらなる発展へ向けて、どのようなまちづくりをしていくのか、今後のビジョンを市の担当者に伺ったところ、「五ケ山クロスや中ノ島公園など、自然豊かな那珂川市の良さを活かせるアウトドアスポットでの体験を中心に、多くの人に訪れてもらえる市を目指しています。また、質の高い行政サービスの提供や特産品・子育て支援制度などのPRを通じて住んでみたい、ずっと住みたいと思ってもらえるまちづくりに取り組んでいきます」と話します。

また、全国各地で進む高齢化社会への対応として、「高齢者が住み慣れた地域で、いつまでも安心して暮らせる地域社会を目指して」を基本理念とし、2021年から2023年度における「第8期高齢者福祉計画・介護保険事業計画」を策定。子ども・高齢者・障がい者などすべての人が地域に暮らし、生きがいを共に創り、高め合うことができる「地域共生社会」の実現に取り組んでいます。

この地域のさらなる発展に、すべての住民が取り残されることのないまちづくりが今後も期待されています。

年齢3区分別人口数の推移

年齢3区分別人口数の推移
那珂川市では総人口の伸びに比例して、生産年齢人口も増加を続けていたが、2015年の調査では、減少に転じた。
一方、老年人口の増加が進んでおり、同時期の調査では、高齢化率が20%を超える現象も。

変わりゆく地域の中で事業者が求められているものとは 

那珂川市に隣接する大野城市や春日市も福岡市近郊のベッドタウンとして住宅需要の高い地域として注目されています。そこで大野城市で不動産業を営む秋好不動産・代表の秋好賢八氏に、該当エリアの不動産事情や地域が抱える課題等について話を伺いました。

秋好不動産・代表の秋好賢八氏
定年退職後、「世のため人のため」の想いで社会貢献をしていきたいと語る秋好氏。

「博多南」駅の開業で勢いを感じるエリアの変化

―まずは事業内容を教えてください。

売買仲介をメインに行っています。大野城市で会社を立ち上げて2年半ほどになります。それまではまったくの異業種、会計事務所に勤めていました。東証一部上場企業の経理、財務、税務の職一本で定年退職を迎え、その後2年間、福岡市博多区の会社で不動産業務を学び、現在に至ります。不動産事業者としての経験はまだ浅いかもしれませんが、売買の際に必要な金額の裏付け説明や節税、相続対策なども含め、コンサル的な業務も同時に行っています。

―隣接する那珂川市は「博多南駅」の開業などにより、子育て世代の転入が多いと聞きます。大野城市の状況はいかがですか。

そうですね。まず那珂川市には、博多南駅の近くに親戚が住んでいたこともあり、車両基地ができた頃、一度訪問したことがあります。当時はまだあちこちに土地が残っていて、少し寂しい印象を受けていました。でも今はいろいろなお店ができて、まちの勢いを感じますね。家賃も手頃で、住みやすい環境が整っていますし、子育て世代に人気があるというのも頷けます。

一方、大野城市と隣の春日市は、JRと西鉄の2路線が通っているので、こちらも住宅需要はかなりあります。福岡市内で戸建てやマンションを購入するとなると、なかなか手が出ないという人も多いようですが、大野城市にしても春日市にしても急行が停車しますし、繁華街の天神まで約15分で行くことができます。博多・天神で働きながら、自宅に帰るとすぐにそばに豊かな自然が残っている、ちょうどいい位置だと思います。この周辺は踏切が多く、朝夕は渋滞が発生しますが、来年の夏には西鉄の高架化が完成するので交通の流れも改善されそうです。最近は、マンション建設用に、まとまった土地を探している業者から声をかけられることが多くなりました。

すそ野が広い職だからこそ世の中に貢献できる

―秋好不動産のお客様もファミリー層が多いですか。

いいえ。当社のお客様は40、50~70歳前後の団塊の世代とその子ども、団塊ジュニアの世代が多いです。不動産の売買だけでなく、様々なご相談をされるお客様がいらっしゃいますから。最近では、相続に関する相談を受けました。例えば、この近くに20軒近くの物件をお持ちの家のお客様から、「自分がどれだけの土地を持っているか把握できていない」と。要は、田んぼや駐車場、あちこちの区分マンションを持っているのだけれど、それを「どう整理すればよいか分からない。今は東京に住んでいるが、いずれ私が相続するから納税額も高額になると思うので、総合的にどうしたらよいのかお尋ねしたい」と、納税資金対策を含めたご相談をしたいということでした。

―前職での経験が生かされているわけですね。

そうですね。不動産を売買したら当然税金のこともついてきますし、この業界は売買してしまったらそれで終わりというわけではないですよね。何年か前に相続税の税制改正が行われて、基礎控除額が大幅に下がったことで、福岡市内やその近郊に住んでいる方で相続税の対象者がかなり増えています。お客様とたくさんお話をして“茶飲み友達”のような関係になり、そのような相談を受けることが増えてきました。

高齢化社会ならではのご相談もあります。印象的だったのは、家を売りたいという90歳代のお客様がいらして、お話を伺うと、家の中や外にも段差があるというのです。それに昔使っていた大きな食卓と椅子が家の中あって、手押し車を押してその間を歩行することができないという話もありました。家の中のバリアフリー化もこれからは重要だと感じました。

―高齢化社会ならではの問題ですね。

はい。問題は山積していると思います。特に団塊の世代が75歳を超えてくると、認知症の問題が出てきます。認知症になってしまったら、もう土地を売ることもできません。そのあたりを心配されているお客様も多くいらっしゃいます。そこで私の方で家族信託等のご説明もさせていただいています。家族信託を使って、お子さんが受託者になると売却もできますので、万が一、介護が必要になり老人ホームに入ることになっても、入居資金を確保することができますからね。

―これまでの話を聞いていると、不動産業務の範囲を越えている印象も受けます。

不動産業というのは、すそ野が広いと職だと思っています。例えば、相続に関していえば税理士は税金のこと、弁護士は法律のこと、司法書士は遺産分割や登記のこと、それぞれが専門的なことを正しく進めていても、それがお客様にとって最適なことになっているかというと、そうではないケースが往々にしてあります。だからこそ、相続と税金と遺産分割、認知症対策についてある程度理解している私が核になりトータルでコーディネートしていくことで、困りごとをスピーディーに解決することができるのではと考えているのです。

―最後に、今後の展望を教えてください。

不動産業を通して、世の中に貢献することです。老人ホームが慢性的に不足していることや、入居費用が高額で年金で賄えないこと。また、障がい者のグループホームの圧倒的な不足や段差があって自由に自宅の中を動けないがために、運動不足やケガをしやすいなど、“家”に関する問題は山積しています。日本は、超高齢化社会であり、少子化社会です。福岡市やその近郊の都市機能を、高齢者や障がい者等に対して、つくりあげていく必要性を強く感じています。今後、ますます意識的に行動していくことが求められてくるでしょう。まだ、開業して日は浅いかもしれませんが、これらの問題に取り組んでいきたいと考えています。


秋好不動産株式会社

住所:福岡県大野城市東大利2丁目1番14号
電話:092-776-0931
FAX:092-775-0229
[ホームページ]
https://www.akiyoshi-tunagu.co.jp/

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