まちの紹介
2021.11.11

ITコミュニティの形成で最先端のリゾート地へ生まれ変わる
―和歌山県白浜町


日本有数のリゾート地・白浜町(和歌山県)。同町は、平成16年からまちおこしの一環としてIT企業の誘致に乗り出し、その後、ワ―ケーションの推進にも取組んでいます。なぜITとは無縁と思われる白浜町が企業の誘致を開始したのでしょうか。その背景とワーケーションを推進する理由等を白浜町に伺いました。

IT企業誘致で人口減少を抑制

和歌山県の南西部(紀南地方)に位置する人口約21,000人の町・白浜町。平成18年3月に白浜町と日置川町が市町村合併し、現在の白浜町となります。町内は大きく3つの地域に分けられ、観光業を主産業とする白浜地域、農業・漁業を主産業とする富田地域、農林業を主産業とする日置川地域によって形成されます。

町の観光資源である白浜温泉は、愛媛県の道後温泉、兵庫県の有馬温泉と並び日本三古湯と呼ばれ、斉明・持統・文部天皇をはじめ、多くの宮人たちが訪れた由緒ある温泉地として名を馳せます。そのほか白良浜や円月島などの豊かな自然とともに、アドベンチャーワールドをはじめとしたさまざまなレジャー施設も完備され、年間300万人以上の観光客が訪れる観光リゾート地としてにぎわいを見せています。

ではなぜ、観光業で潤う白浜町が、IT企業の誘致に乗り出したのでしょうか。その点を白浜町に聞くと「課題であった若者の県外流出対策」と答えます。白浜町には小学校が9校、中学校が4校ありますが、高校は1校もないのが現状。隣市町の高校に進学後、子供たちは関西圏および関東圏の大学に進学する人が多く、そのまま就職し、戻ることなくその地で暮らす人がほとんどだといいます。人口流出を防ぐためには、魅力的な働き口が白浜町に必要。そう考えた白浜町は、観光業と農業・漁業に次ぐ新たな産業としてIT産業に可能性を見出します。そして、平成13年に和歌山県の発案で白浜町を情報通信関連企業の集積地にするという構想が立ち上がるのです。

パンダファミリーが人気のアドベンチャーワールド。
パンダファミリーが人気のアドベンチャーワールド。イルカやアザラシ、ペンギンなど海の生物にも会える
世界遺産・熊野古道にあるさまざまなトレッキングコース
世界遺産・熊野古道はさまざまなトレッキングコースがあり、パワースポットとしても人気を集めている
田辺湾の南端に位置し、円月島や塔島を望む風光明媚な番所山公園。
田辺湾の南端に位置し、円月島や塔島を望む風光明媚な番所山公園。国立自然公園に指定されている

失敗事例から学んだ定住してもらう策

平成16年、企業誘致に着手した白浜町は、空き保養所を改修し、ITビジネスオフィスを開設します。すぐに入居は決まりましたが、その2社のうち1社は平成19年に、残る1社も平成22年に退室してしまいます。その後、平成26年まで空室状態が続くことになります。

この状況について、白浜町は「私たちはアパートの大家のようなスタンスで、『入居=ゴール』ととらえていました。その結果、企業が求めるニーズに気づけなかったのです。従業員の生活のサポートはもちろん、都心から地方に移転してきた企業は、地方行政や地元企業とのコラボレーションを求めていたのかもしれません。ですが、そういった要望にも応えられていませんでした。企業に定着してもらうためには、地域のサポートが必要だということに気づかされたのです」と話します。この事例は白浜町の意識を大きく変え、それ以降、町は入居企業のニーズをヒアリングし、白浜町に定着してもらえるように関係性を築いていきます。今では、サテライトオフィスで働く人々に対して、移住サポートはもちろん、子どもの転校手続きの手伝いなど、きめ細かなサポートもしています。また、企業間や地元の若者たちとの交流会を開いて移住者と地元住民との交流を積極的に行うなど、観光ではなく“白浜での暮らし”を豊かにし、楽しんでもらえるよう、さまざまな取組みを行っています。

その成果をみると、白浜町は平成26年に和歌山県と連携して企業誘致を促進。平成27年の米大手IT企業セールスフォース・ドットコムおよびパートナー企業の入居を機に入居企業は増加します。平成29年にITビジネスオフィスが満室になったことに伴い、平成30年に第2ITビジネスオフィスを新規開設。こちらもわずか4カ月で満室になり、令和2年には民設民営でレンタルオフィス・ANCHORが開設され、現在7室中、4室に企業が入居という状況だといいます。

ワーケーションは関係人口創出の手立て

コロナ禍の中、リモートワークとともに定着したトレンドに“ワーケーション”がありますが、全国に先駆けて推進していたのが白浜町です。同町は“関係人口の創出”を目標に、平成29年頃から和歌山県と連携して行っています。白浜町がワーケーションの地として最適と、企業から注目され選ばれるようになった理由に以下が挙げられます。

※関係人口:移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々

•県内唯一の空港「南紀白浜空港」があり、羽田空港から約60分というアクセスの良さ。
•年間300万人が訪れる全国有数のリゾート地であること。
•災害時でも途切れない対災害ネットワークを整備

まず、羽田―南紀白浜空港を結ぶ定期航空便の搭乗者数をみると、平成28年度と令和元年度を比べて顕著な増加がみられます(表1)。これには白浜町も「年間の観光客に大きな変動は見られないので、ワ―ケーションの推進が平成29年であることを考えれば、平日利用客数の増加にワーケーションが影響していることは往々にして考えられます」と見解を示します。

【表1】南紀白浜空港の利用状況

南紀白浜空港の利用状況
和歌山県HP「南紀白浜空港月別利用状況」を編集

推進の取組みに、小中学校の夏休み期間には、親子ワ―ケーション事業も実施。この事業には『日中、親は通常どおり仕事をし、子供たちはアドベンチャーワールドに遊びに出かける。それ以外の朝夕の時間は家族みんなが一緒にリゾートを楽しむ』といった家族でワーケーションを体験するという趣旨があり、首都圏からの参加者に好評だったといいます。仕事に重要なネットワーク環境ついては、災害時でも途切れない対災害ネットワークを「国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)」と協定を結び整備して、常時の利用を可能としています。また、白良浜など観光名所ではフリーWi-Fiとして約2,500人が同時接続できるといった先進的な環境が整っています。

空港から白浜町の中心地まで車で約5分。
空港から白浜町の中心地まで車で約5分。町内の主要な観光スポットは距離が近いため、移動に時間を取られないコンパクト感も人気の理由のひとつという。熊野古道まではリムジンバスで2時間弱と、白浜町をベースに南紀地方の周遊が可能になっている
南紀白浜空港
南紀白浜空港では、顔認証やIoTの実証実験も実施。今年度完成を目指す国際線ターミナルでは、レストランや物販施設などの施設が整備される予定

不動産や交通インフラ
白浜町の今後の課題

海を臨める立地には、ホテルや旅館、リゾートマンションが建ち並び、夏期は宿泊料金が上がるにもかかわらず、宿泊施設はどこも満室になるといいます。町内に建つマンションは現在38棟。その多くが大阪や神戸といった関西圏の方が所有するリゾートマンションで、昭和49年頃に建てられたものが多く、その数は昭和50年にかけて一気に増え、その後は微増。平成に入ると新しいマンションは、ほとんど建てられていません。新たな宿泊施設やマンションが建たないのは利用土地に理由があるといいます。その点について、地元の不動産業者は「用途地域の関係でなかなか宿泊施設を建てられる場所が無いんです。これからの観光需要や現在の宿泊施設の老朽化を考えると、用途地域の規制緩和が必要かもしれません」と話します。

また、関西圏からの観光客は陸路でのアクセスが多く、夏場のオンシーズンは、阪和自動車道、湯浅御坊道路などに観光バスや自家用車が溢れ大渋滞が発生します。それに伴う事故の発生や、事故が起きた際にさらに渋滞が悪化することが課題でした。しかし現在、4車線化工事が行われており、今年度中には完成する見込みです。これにより、大阪方面からのアクセス利便性が格段によくなると予想されています。

4車線化によって得られるメリットは観光客のアクセス環境向上のほか、自然災害が起きた時の復旧作業による全面通行止めの回避などもある
4車線化によって得られるメリットは観光客のアクセス環境向上のほか、自然災害が起きた時の復旧作業による全面通行止めの回避などもある (和歌山県HPより)

白浜町の魅力をいかしてさらなる発展へ

今後のビジョンについて白浜町は、「ワーケーションという言葉は全国的に広まりつつありますが、まだまだ制度として導入している企業はさほど多くないのが現状です。リゾート地で仕事をすることについて否定的な考え方を持つ人も少なくありません。これについては、企業が導入しやすくなるよう国や自治体による制度等の後押しが必要だと考えています。今後、町では白浜でしか体験・経験できないこと等、長所の掘り起こしを行い、広くPRしていきたいと思います。引き続きワーケーションやIT企業誘致をきっかけに継続的に白浜町と関係を持っていただける企業を増やし、ITコミュニティが形成されることを目指していきます」と話します。続けて、「白良浜で海を楽しむこともできれば、熊野古道で自然を感じることもできます。疲れたら温泉や足湯でリフレッシュし、新鮮な魚介類を中心としたグルメも抜群です。何より観光地という土地柄、地元の人たちの雰囲気が温かく接しやすいのも魅力の一つです」といいます。

今後、白浜町は、観光地としてのメリットを最大限に生かし、さらに先進的な通信環境や交通インフラの改善によって、最先端のリゾート地としてますます注目されていきます。

白い湯気と温泉の香りがたちこめる白浜で最も古い行幸源泉
白い湯気と温泉の香りがたちこめる白浜で最も古い行幸源泉

変化する情勢に求められる地域事業者の対応 

時代とともに変わる町の需要に、地域事業者はどのような視線を向けているのでしょうか。
長年、白浜町で不動産事業を営む株式会社アルディの山内利夫代表に詳細を伺いました。

株式会社アルディの山内利夫代表
大学卒業後は金融機関に勤務。バブル崩壊後に興味があった不動産業界へ転身し、白浜町へ。

事業の幅を広げて観光需要に応えたい

―まずは、リゾート地特有の不動産状況について教えてください。

私が不動産事業を始めたのは25年くらい前ですから、それこそ当時はたくさんの宿泊施設と保養所が建つオーソドックスな温泉街でした。変化が見られたのは数年ほど経った頃だと思います。多くの保養所が「採算がつかない」という理由から一斉に売りに出されて。しかも年度末までに整理したいという意向もあったので、相場よりもだいぶ安い金額で取引されていました。その頃からです。町がIT企業の誘致を始めたのは。町がロケーションの良い物件を探しているというので、私が持っていた大手企業の保養所を売却したこともあります。その物件が最初のITビジネスオフィスだったと聞いています。

―現在も売買や仲介をメインに行っているのでしょうか。

いいえ、現在は規模を縮小しています。昔は別荘やリゾートマンションの売買・仲介をメインに行っていましたが、現在はそれほど大幅な利益を見込めません。以前は、ある程度の年代になったら「別荘を買おう」「良い車に乗ろう」など購買意欲旺盛な人が多かったと感じていますが、現在はそれが見られません。別荘を購入して、同じところに行くより、いろいろな場所に泊まりに行った方が楽しいという人が多いようです。しかも別荘等の所持に管理費や固定資産税を払うのは面倒など、消極的な意見も聞きます。

そのような時代の変化もあって、現在では建設業、土木業まで事業を広げ、購入物件にリノベーションを施して、再販するといった事業が主になっています。当初は土木・建築工事は外注していましたが、やはり自社で一気通貫したほうが取引もスムーズです。加えて、数年前からは宿泊業も展開しています。元は大手企業の保養所をリノベーションして、ペット連れ専用の宿泊施設として開業しました。ビーチの目の前というロケーションが宿泊客にも好評で、その後、第二弾のヴィラも建設しました。

―今後の事業展開について、どのようなことを考えていますか。

南紀白浜空港に新しく国際線ターミナルができますから、コロナが収束すれば再びインバウンド需要も高まるでしょう。白浜町から少し南の串本町にはロケット発射基地ができると聞いていますし、今まで国内では種子島からしかできなかった小型衛星の打ち上げができるようになり、稼働が始まれば、月に5~6本のロケットが打ち上げられるそうです。その関係もあってでしょう。隣のすさみ町には、ビジネス需要を見越したホテルが開業されています。

白浜町に関していえば、南紀白浜空港から10分ほどで行ける立地に、源泉かけ流しの温泉、美しいビーチ、レジャー施設等が集約されている場所はなかなかないと思います。これからも観光需要はますます増えていくと思います。ただ、別荘・リゾートマンションに関しては、飽和状態ですので、当社は現在、近場に“川”がある土地に目を向けています。最近は、若い人たちに川遊びが人気と聞きます。また、少し山の方に行くと、流行りのグランピングをするのに最適な場所があります。海外からの観光客も興味を持たれるのではないでしょうか。今後はぜひ、白浜町を拠点に、自然の中で新たなアクティビティが楽しめるようなことを考えていきたいですね。


株式会社アルディ

住所:和歌山県西牟婁郡白浜町890番地6
電話:0739-43-0133(代表)
FAX:0739-42-5877
[ホームページ]
http://www.arudy.jp/

株式会社アルディ