Vol.21 未内見承諾書を提出し、建物の内見をしなかった賃貸住宅の借主とのトラブル
建物賃貸借に関するトラブルの多くが「借主が内見等を行わず建物の賃貸借契約を締結した場合」に発生しています。借主による建物内見を行うこと、また、内見ができない場合でも現地案内は行い、借主に、建物の外観や共用部分、他の貸室の状況、周辺環境等の確認をしてもらっておくことが重要です。
トラブル事例から考えよう
未内見承諾書を受領して媒介をした業者に調査説明義務違反が認められた事例
【東京地判 令4・2・1】
取引経過
(1)貸室を初めて借りる借主Aは、媒介業者Bより本物件(分譲マンション1階の1室・1K)の紹介を受け、「学生が物件を探す時期で、急ぎ申込みが必要」と言われたため、未内見のまま契約の申込みを行い、Bに本件承諾書を差し入れた。
(2)その後Bは、貸主管理会社からの情報により、居室がA希望のフローリングであることやその色について、Aに携帯電話の「LINE」にて、本件貸室と同タイプのものとする室内の写真を添付し説明した。
(3)AはBの媒介により賃貸借契約を締結し、賃料、敷金、媒介手数料、火災保険料等の初期費用を支払った。
トラブル
(4)Aは貸室の鍵をBより受け取り、契約における入居日に貸室に入ったところ、居室がフローリングでなくカーペット敷きで、隣室がゴミ屋敷状態になってることなどを見て、入居をすることなく賃貸借契約を解除した。
(5)Aより「隣室の状況について説明がなかった。床が説明されていたフローリングではない」等の苦情を受けたBは、媒介手数料を返金したが、Aはそれまでに支払った賃料や礼金、慰謝料、弁護士費用など、計45万円余をBに求める訴訟を提起した。
<本件承諾書の概要>
借主は、事情により未内見のまま契約締結に至る為、下記事項を承諾している証として、本書を差し入れる。
① 実際の賃借物件が賃貸募集図面と相違する場合は、現況優先となること
② ①の事由やイメージとの相違を起因とする賃貸借契約の無効または取消しを主張しないこと
本件裁判所の判断
媒介業者Bの責任について
「①居室がフローリングでなかった、②隣室がゴミ屋敷状態であった」ことは、本件借主において住環境を左右するものであり、誤った情報を前提に、また、住環境を左右する事項を看過したまま媒介を行った媒介業者Bには、借主Aに対する不法行為が成立する。
損害賠償額について
Aの請求につき、30万円余*を認める。
*Aが支出した、賃料、礼金等、火災保険料、鍵交換代、保証料、消毒作業費、退去時クリーニング代、冷蔵庫返品代の27万円余、弁護士費用2万円余
※Bは控訴したが、Bが解決金30万円をAに支払うことで和解した。
01借主に内見・現地案内を行わない場合のリスク
本件は、媒介業者Bが借主Aに、現地案内・内見を行っていれば発生しなかったトラブルです。
Bは「内見を希望しない人も大勢いる」との考えから、Aに現地案内等を行おうとせず、管理会社からの写真等のみをもって借主に説明を行いました。説明と現況が違うことがあることをAは承諾しているとした「未内見承諾書」を得ていれば、媒介上問題は生じないと考えていたように見受けられます。
しかし、本件の隣室の状況のように、取引物件に関する写真や説明が多くあったとしても、実際に現地でないと把握ができない重要な情報(写真のない部分の情報や実際の貸室の広さ、日照・騒音・臭気などの環境等)があり、またその捉え方も借主によって個人差があります。
媒介業者においては、通常の調査である「取引建物等の現地調査」を行うことは当然として、借主に対して「写真と現地のイメージが異なることはよくあることから、借主自身が現地にて、建物の状況や周辺環境等を確認する必要があること」を説明し、内見等を実施しておくことが重要です。
02未内見承諾書の効力について
未内見承諾書の効力について、本件裁判所は「枝葉末節にわたるような図面との食い違いを問題としないことを約する趣旨のもの」として、媒介業者Bの「借主Aは現況優先であることを承諾していた」との主張を棄却しています。
未内見承諾書をもって、媒介業者が通常行う調査が免除されることにはなりませんし、借主が未内見の場合、入居後「媒介業者が説明すべき、重要な事項の説明がなかった」と借主に主張されるトラブルがおきやすいことから、媒介業者としては、借主には極力内見を行ってもらうようにしましょう。もし、事情等により内見ができない場合には、少なくとも現地にて、借主自身で建物の外観や共用部分、周辺環境等の確認を行ってもらい、内見確認できない部分については、図面と現況が異なることがある旨を説明して、未内見承諾書を得ておくのが適切と思われます。
03貸主・管理業者等からの提供情報と裏付確認
借主への説明に、貸主・管理会社等からの情報を利用することはよくありますが、情報内容の確認を行わず、結果、誤った説明を借主にした場合、確認を行わなかった媒介業者の責任が問われます。
媒介に際して宅建業者が確認すべき情報を第三者から得た場合は、常に、宅建業者自身がその内容について、裏付け確認をする必要があります。
04近隣・騒音トラブルについても調査を
本件は、隣人の建物使用の問題が、借主の契約解除の主な理由となっています。
現地調査では、取引住戸だけでなく、隣や上下の住戸についても、使用状況等について確認をしておくとともに、貸主・管理会社に、取引住戸等にて近隣・騒音トラブルがなかったかについても、念のためヒアリングをしておきましょう。
一般財団法人不動産適正取引推進機構
調査研究部 上席主任研究員
不動産鑑定士
中戸 康文
一般財団法人不動産適正取引推進機構(RETIO)は、「不動産取引に関する紛争の未然防止と迅速な解決の推進」を目的に、1984(昭和59)年財団法人として設立。不動産取引に関する紛争事例や行政処分事例等の調査研究を行っており、これらの成果を機関誌『RETIO』やホームページなどによって情報提供している。
HP:https://www.retio.or.jp/