Vol.25 がけ条例等についての調査説明を漏らしてしまったトラブル


最近の行政庁の処分事例において「がけ条例・急傾斜地崩壊危険区域」に関する重要事項説明漏れが時々見られます。がけ条例等の調査・説明漏れは、もし取引不動産において擁壁の設置等が必要であったとなると、その多額な費用等の負担をめぐる大きなトラブルになりますので、特段の注意が必要です。

トラブル事例から考えよう

がけ条例の規制があり擁壁再建築の必要性がある調査説明をしなかった
【東京地判 平28・11・18】

取引経緯

(1)買主は売主より、本件既存住宅を代金6,400万円にて、売側媒介業者、買側媒介業者の媒介により購入した。
(2)買主への重要事項説明において、売側媒介業者は、「がけ条例(東京都建築安全条例第6条)」の規制があり、本件建物が「がけ条例」に違反して建築されていること、検査済証を取得していないことを認識していたが、その説明をしなかった。買側媒介業者は、調査および重要事項の作成を売側媒介業者に任せきりにしていた。
(3)区建築課での調査により本件住宅が「がけ条例」に違反して建築されていることを知った買主は、同条例違反の解消には新たに擁壁を設置するなどの必要があること、その設置には2,082万円余がかかることなどから、売側・買側媒介業者、売主に対し、説明義務違反を理由とする損害賠償請求を行った。

イメージ図

取引経緯のイメージ
本件裁判所の判断
売側・買側媒介業者に対する請求

●判決:がけ条例違反の解消に必要な、相当程度の擁壁設置費用2,082万円余の賠償責任を認める。
〇理由:本件建物ががけ条例に違反し、違反解消には防護壁や建物1階部分の補強が必要な説明をしなかったことは、重要事項の説明義務違反にあたり買主に対する不法行為を構成する。

売主に対する請求

●判決:請求棄却。
〇理由:がけ条例に関する問題を認識していなかったこと、不動産取引に疎い素人であることを考慮すれば、売主に説明義務違反を認めることはできない。

東京都建築安全条例 第6条(がけ)(注)

  • 1 この条にいうがけ高とは、 がけ下端を過ぎる2分の1こう配の斜線をこえる部分について、 がけ下端よりその最高部までの高さをいう。
  • 2 高さ2メートルを超えるがけの下端からの水平距離ががけ高の2倍以内のところに建築物を建築し、又は建築敷地を造成する場合は、高さ2メートルを超える擁壁を設けなければならない。ただし、次の各号のいずれかに該当する場合は、この限りでない。
    • 一 斜面のこう配が30度以下のもの又は堅固な地盤を切つて斜面とするもの若しくは特殊な構法によるもので安全上支障がない場合
    • 二 がけ上に建築物を建築する場合において、がけ又は既設の擁壁に構造耐力上支障がないとき。
    • 三 がけ下に建築物を建築する場合において、その主要構造部が鉄筋コンクリート造若しくは鉄骨鉄筋コンクリート造であるか、又は建築物の位置が、がけより相当の距離にあり、がけの崩壊に対して安全であるとき。
  • 3、4 略

(注)「がけ条例」が規定されている条例の名称、規制対象となる「がけ」の定義、建築制限を受ける範囲、規制の内容等は、条例を定める自治体によって異なります

01がけ条例と宅建業者の調査説明責任

取引不動産に「がけ条例」の規制がある場合、建物等の建築・使用において、擁壁の設置またはその他安全上適切な措置を講じる必要がありますが、もし、購入後、買主がその規制のため、擁壁の設置等が必要だったとなると、買主に購入代金のほかに相当の費用が発生することになります。

「がけ条例」は、宅建業法35条(重要事項説明)の例示列挙項目に含まれていませんが、該当する場合は、買主の判断に重要な影響を及ぼす事項であることから、宅建業者は、「がけ条例」による規制がある場合にはその旨と、土地・建物利用に関しての負担(擁壁の設置・再築造が必要な場合はその費用等)などの調査説明をする義務があり、その説明漏れは、宅建業法上の行政処分の対象となるとともに、説明漏れにより買主に生じた損害について、民事上の賠償責任を負うことになります※1

※1「がけ条例」の重説義務を認めた裁判例として、本事例のほか、東京地判 平24・5・31等がみられる。

本件事案のように、擁壁の再築造が必要であった等となると、その費用(損害)は相当な額となりますので、取引不動産や隣接地にがけがある場合の「がけの状態」や「がけ条例」等に関する調査・説明は、特に漏らしてはならない事項として、宅建業者は注意をしておく必要があります。

02がけ条例の有無・規制内容の確認

地方公共団体によって、「がけ条例」が規定されている条例の名称(「〇市(県)建築基準条例」など)や、「がけ」の定義(高さ・勾配)、「がけ」により建築制限を受ける範囲、規制の内容等は異なります。

建築確認を担当する行政窓口で、「がけ条例」の有無や規制内容の確認をします。

03がけ・傾斜地の現地調査のポイント

  • がけ・傾斜地の高さ・勾配等の状況を確認し、がけ条例の適用のある「がけ」に該当するか否かについて確認する(「がけ」の高さが、条例の規定未満でも、がけ条例に準じた運用指導がされる場合があるので、念のため行政で確認をする)。
  • 擁壁が設置されている場合は、擁壁の高さを確認する。
    擁壁の高さが2mを超えている場合、その設置には建築確認が必要(建築基準法施行令第138条1項等)なことから、行政で建築確認済証・検査済証の有無を確認する※2
  • 「急傾斜地崩壊危険区域・地すべり防止区域」の場合、これを表示する標識が設置されているので、そのような標識がないか現地周辺の確認をする※3
  • がけ・傾斜地について、外観上不具合(危険性)等がないかについて確認する。
    擁壁がある場合は、亀裂・ふくらみ等、劣化している部分が見られないか、水抜きは適切に配置されているか、違法な2段擁壁や2重擁壁になっていないか、などの確認を行う。
  • 境界の位置、がけ(擁壁)等の所有者、越境の有無について確認をする。
    境界はのり下の場合が一般的だが、のり上等の場合もある。また、擁壁が地中で越境している場合もあるので、その旨注意して確認を行う※4

※2 宅地造成工事等規制区域内の場合は、「宅造許可、検査済の有無の確認(日付・番号等)」を行う。
※3 区域の範囲・建物の建築制限等の詳細は、都道府県の防砂・林野・農地担当部局などで確認する。
※4 隣地所有者のがけ(擁壁)等に不具合がある場合、隣地所有者の対応(協力)が必要であることに留意する。

04がけ・傾斜地に問題が見られる場合の対応

がけ(擁壁)等の状態に、不具合(危険性)等が見られる場合、あるいは、必要な検査済証等の確認が得られない擁壁が設置されている場合(擁壁が適法に築造されていない可能性がある)は、売主の契約不適合責任の問題もありますので、行政や建築の専門家に、どのような問題点、是正・指導(建築制限等)があるのか、対応の必要性や対応にかかる費用等について相談・確認を行います。


一般財団法人不動産適正取引推進機構
調査研究部 上席研究員
不動産鑑定士

中戸 康文

一般財団法人不動産適正取引推進機構(RETIO)は、「不動産取引に関する紛争の未然防止と迅速な解決の推進」を目的に、1984(昭和59)年財団法人として設立。不動産取引に関する紛争事例や行政処分事例等の調査研究を行っており、これらの成果を機関誌『RETIO』やホームページなどによって情報提供している。
HP:https://www.retio.or.jp/