Vol.4 不動産売買契約の解除をめぐるトラブル


不動産売買で特に多いトラブルに、①宅建業者の重要事項説明に関するもの、②土地・建物の瑕疵(性能や品質の欠陥)に関するもの、③契約の解除に関するものがあり、この3つが「売買の三大トラブル」といえます。本号では契約の解除に関するトラブルを取り上げます。

トラブル事例から考えよう

事例 手付放棄による契約解除

7月1日に新築建売分譲住宅を見学したAさんは、担当者から契約を強くすすめられましたが「今日は見学に来ただけでお金も用意していないし、家族でよく検討してから決めたい」と何度も断りました。しかし、「今日契約すれば50万円値引きする」などと繰り返し契約を求められ、売主の宅建業者の事務所で重要事項説明を受け、自己資金100万円、残金は銀行借入とする資金計画で契約をしました。当初、100万円を手付金とする予定でしたが、当日用意できる20万円を手付金とし、80万円を内金とする契約書が作成され、当日20万円、3日後の7月4日に内金として80万円を支払いました。後日、売主業者の担当者が銀行へのローン申込代行手続を行い、融資承認も得られました。しかし、駅までの距離等が気になっていたAさん家族は話合いの結果、契約を解除することにしました。8月2日にAさんが売主業者に対し、手付金を放棄して契約を解除する旨を申し出たところ、売主業者から「すでに7月31日の手付解除期日を過ぎており、また融資承認による履行の着手もあることから、手付放棄による契約の解除はできないので、違約条項に基づく違約金200万円が発生する」として、100万円の追加支払いを求められました。

Aさんは急がされて契約をさせられたのに違約金の請求は納得できないとして、手付放棄による契約の解除を主張しています。

01手付解除期日と宅建業法

手付契約では、契約を早期に安定させるために手付解除期日を設定するのが通常です。この場合、手付解除期日を契約日から数日の短期間に設定することは、民法が手付解除権を付与している趣旨に反することから、相当の期間経過後の期日とすることが望まれます。手付解除期日が設定されると、手付解除権を行使できるのは手付解除期日までに制限されます。

ただし、売主が宅建業者の場合、買主は、売主が契約の履行に着手するまでは、手付を放棄して契約を解除することができます(宅建業法39条2項)。これに反する買主に不利な特約は無効となり効力を持ちません(同条3項)。したがって、本件の手付解除期日は無効であり、売主に契約の履行がない限り、買主は、手付の放棄により契約を解除することができます。

02履行の着手と民法

改正された民法の手付に関する557条1項の規定は、判例法理(最高裁昭和40年11月24 日判決)に基づき、履行の着手により手付解除権の行使ができなくなるのは、相手方が契約の履行に着手したときであることを明文化しました。また、売主は、手付の倍額を現実に提供することが必要であることも明文化しています。

民法557条1項

買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない。

本件の売主宅建業者は、銀行の融資承認による履行の着手も理由の1つとして、買主の手付解除権が消滅していると主張していますが、仮に融資承認が得られていることが履行の着手に当たるとしても、融資の申込みから承認に至るまでの履行の着手は、買主が行ったものであり、売主の履行の着手ではありませんので、本件買主は手付を放棄して契約を解除することができます。

03宅建業者の行為と宅建業法

■契約の判断に必要な時間を与えない行為

宅建業法は、正当な理由なく、相手方が当該契約を締結するかどうかを判断するために必要な時間を与えることを拒む行為を禁止しています(宅建業法施行規則16条の12第1号ロ)。


本件買主は急がされて契約させられたと主張しています。確かに急がせて判断に必要な時間を与えなかった側面はありますが、最終的には「50万円の値引きの提示」が買主の契約の判断に大きく影響しているとも思われ、当該行為による宅建業法違反があるとまではいえないと思われます。

■手付と内金に分割して契約した行為

宅建業法47条3号は、「手付について貸付けその他信用の供与をすることにより契約の締結を誘引する行為」を禁止しています。「その他信用の供与」に当たる行為として、①手付の後払い、②手付の分割払いにより契約の締結を誘引する行為があります。手付後払い、手付分割の違反行為は少なくないので注意が必要です。


本件の売主宅建業者は、当該条項の適用を避けるために当初予定の手付金100万円について、当日支払い可能な20万円を手付金とし、80万円は売買代金の内金としています。トラブル防止の観点から、買主が100万円を準備できてから「手付金100万円」として契約をするのが適正な方法であることは当然のことですが、手付と内金に分けて契約を締結したことが宅建業法違反とまではいえません。

■正当な理由なく手付解除を拒む行為

本件の買主は、前述の 01 02 のとおり、手付を放棄して契約を解除することができます。

宅建業法は、買主が手付を放棄して契約を解除するに際し、宅建業者が正当な理由なく、これを拒み妨害する行為を禁止しています(宅建業法施行規則16条の12第3号)。

本件の売主宅建業者は、宅建業法違反での行政処分を受けることがないように、買主の手付解除の申出に応じて違約金の請求を取り下げるとともに、内金として受領した80万円を速やかに返還することが必要です。


村川 隆生

一般財団法人不動産適正取引推進機構 客員研究員
TM不動産トラブル研究所 代表

村川 隆生

1973年大学(法学部)卒業後、住宅、不動産業界で住宅・仲介営業等に従事、2000年12月より一般財団法人不動産適正取引推進機構調査研究部、2016年11月退職、2017年1月より現職。業界団体主催の各種研修会、消費者団体主催の相談員養成講座、その他の講師として全国で講演。宅地建物取引士・一級建築士。著書に『わかりやすい!不動産トラブル解決のポイント』【売買編】【賃貸編】ほか(住宅新報)。