Vol.7 建物賃貸借契約の更新をめぐるトラブル
建物に相続が発生したとき、売買によりオーナーチェンジしたとき、契約条件を変更するとき、建物の老朽化で建て替えるときなどに、契約更新をめぐりトラブルが生じています。
トラブル事例から考えよう
〈事例1〉 賃料の値上げ要求と契約の更新
Aは、管理会社Bから「借地借家法第26条第1項に基づく更新に関する通知」と書かれた書面を受け取った(契約期間満了の7カ月前)。書面には「更新を希望する場合、更新後の新賃料は70,000円(6,000円の値上げ)であること、新賃料に同意できない場合は契約の更新ができないこと、その場合には期間満了日までに建物を明け渡すこと」が記載されている。更新を希望するが、賃料値上げには同意できない旨を連絡したところ、「法律に基づき契約条件の変更を通知しているので、同意できなければ更新契約はできない」と言われた。
賃借人Aは、賃料値上げに同意しないと契約を更新することができないのか。
〈事例2〉 建物の老朽化による更新拒絶
Cは、契約更新の10カ月前になり、管理会社Dから「賃貸している建物は築40年が経過して老朽化が激しく、また、昭和55年に建築された旧耐震の建物であり、耐震強度不足も判明しているので、建て替えることになりました。ついては、次の更新はできないので契約期間満了日までに建物を明け渡してください」と書かれた書面を受け取った。確かに築40年以上の建物なので相応の老朽化はみられるが、特に何の問題もなく居住できており、引越したくないので、管理会社にその旨を伝えたところ、管理会社は、「更新拒絶の正当事由があり、法律に基づき、期間満了日の6カ月以上前に通知しているので、契約は期間満了日をもって終了する」と言う。
Cは、建物の明渡しを拒否して居住を継続することできるか。
01賃料の値上げ要求と契約の更新〈事例1〉
更新に際し、賃料値上げについての契約条件の変更に同意しなければ更新をしない旨の通知は、借地借家法26条に基づき、契約期間満了の6カ月前までに行うことが必要です。そのことをふまえ、〈事例1〉の管理会社は「借地借家法第26条第1項に基づく更新に関する通知」と題した書面を出しています。しかし、契約条件を変更しなければ更新しない旨の通知は、賃貸人に更新拒絶の正当事由がある場合にだけ認められます。借地借家法28条は、「建物の賃貸人による第26条第1項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、(中略) 正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない」と規定しています。
したがって、賃貸人は正当事由がなければ更新を拒絶することはできませんので、賃借人Aさんは、賃料値上げに同意できなくても契約を更新することができます。
■法定更新
賃貸人に正当事由がない場合、賃借人から賃料値上げ等の条件変更への同意が得られず合意更新ができないときには、契約は、従前の契約と同一の条件で更新したものとみなされます(法定更新)。借地借家法は、契約を更新されたものとみなすことで、賃借人の借家権を保護しています。
なお、法定更新された賃貸借契約は期間の定めのない契約になり、賃貸人はいつでも解約の申入れをすることができます(借地借家法27条)が、この場合も、賃貸人は正当事由がなければ解約の申入れをすることはできません。
02建物の老朽化による更新拒絶〈事例2〉
〈事例1〉のとおり、賃貸人は正当事由がない限り更新を拒絶することはできません。正当事由の有無は、諸般の事情を総合考慮して判断されますが、「賃貸人が建物使用を必要とする事情」と「賃借人が建物使用を必要とする事情」を「主たる事情(要因)」として比較考慮のうえ判断されます。主たる事情だけでは判断できないときには、建物の現況その他の要因(従たる事情)をも考慮して判断されます。主たる事情である賃貸人の建物使用の必要性が、賃借人の必要性を大きく上回る場合には正当事由が認められることになりますが、賃貸人の必要性の事情は、契約を終了させ、賃借人を立ち退かせても(賃借人の生活拠点を奪うことになっても)、社会通念に照らし妥当と認められるものであることが必要です。
■建物の老朽化等と正当事由
建物の老朽化、耐震強度不足も正当事由判断の考慮要因になりますが、築40年超経過による老朽化、耐震強度不足というだけは正当事由は認められません。裁判所は、老朽化や耐震強度不足で倒壊の危険性が著しく高く、建物の安全性確保に多額の費用が必要となるような場合には、次の住まいの確保、立退料等による賃借人の一定の保護を条件に正当事由を認めています。
〈事例2〉では、賃借人が問題なく通常に居住していることからも、建物に差し迫った危険はないと思われますので、老朽化による正当事由を認めることは困難です。耐震強度不足については、賃貸人に修繕義務としての耐震補強義務が生じることもあり得ます。したがって、本事例の賃借人は、継続して居住できると考えられます。
明渡しの同意を得るには、立退条件を示して、誠意をもって話し合うことが大事です。
一般財団法人不動産適正取引推進機構 客員研究員
TM不動産トラブル研究所 代表
村川 隆生
1973年大学(法学部)卒業後、住宅、不動産業界で住宅・仲介営業等に従事、2000年12月より一般財団法人不動産適正取引推進機構調査研究部、2016年11月退職、2017年1月より現職。業界団体主催の各種研修会、消費者団体主催の相談員養成講座、その他の講師として全国で講演。宅地建物取引士・一級建築士。著書に『わかりやすい!不動産トラブル解決のポイント』【売買編】【賃貸編】ほか(住宅新報)。