Vol.8 過去の自死事故の告知をめぐるトラブル


売買・賃貸に限らず、取引物件で発生した過去の事故・事件について媒介業者が知っており、なおかつ当該事故・事件が買主等の取引の判断に重要な影響を及ぼすものである場合、媒介業者には告知義務があります。今回は、過去の自死事故の媒介業者の告知について考えます。

※自死=自殺を「自死」と呼ぶ取組がされていますので、本稿は自死とします。

トラブル事例から考えよう

〈事例1〉 隣接地の建物での3カ月前の自死事故

Aは、宅建業者Bの媒介で中古一戸建て住宅を購入し、引渡しを受けた。入居後、知り合いになった住民から、3カ月前頃に隣家の家族の1人がA宅との境界近くに建っている小屋の中で自死したことを聞いた。AはBに対し「隣の家の小屋で自死事故があったことを聞いた。事故のあった小屋はこちらとの敷地境界線近くに建っており、家族が怖がっている。隣の家で自死事故があったことを知っていたら購入しなかった」と言い、Bには告知義務違反があるとして、仲介手数料の全額返還および売買代金の10%相当の損害金の支払いを求めている。これに対し、Bは「隣の家の自死事故については知っていたが、取引物件に直接関係することではなく、告知義務違反はない」として、Aの請求を拒否している。

取引物件の隣地建物における自死事故についての告知はどう考えたらよいか。

事例の図

〈事例2〉 アパート貸室の4年前の自死事故

Cは、宅建業者Dの媒介でアパートの一室を借りて入居した。入居後、隣の部屋に入居の挨拶に行ったところ、居住者から、Cが借りた部屋では4年前に当時の入居者が自死したことを聞いた。CはDに対し「この部屋が事故物件であることをどうして説明しなかったのか。事故物件であることを知っていたら契約しなかった」として、貸主に対しては契約の解除を求め、媒介業者Dに対しては、告知義務違反があるとして、仲介手数料の返還および解除により生ずる引っ越し料等の損害金の支払いを求めている。これに対しDは「事故は4年前であり、その間、2人の借主がそれぞれ2年間居住して何の問題も生じていないことから、特段に説明はしなかったもので、告知義務違反はない」として、Cの請求を拒否している。

貸室の過去の自死事故についての媒介業者の告知はどう考えたらよいか。

事例の図

01隣接地建物での自死事故の告知〈事例1〉

取引対象物件に存在する過去の自死事故が、購入者等の取引の判断に重要な影響を及ぼすものであるときには、売主は当然のこと、そのことを知っている媒介業者にも告知義務がありますが、取引対象物件に隣接する物件での自死事故はどう考えたらよいでしょうか。

隣地建物であっても嫌悪感等の感じ方は人それぞれであり、気にならない人がいる反面、事例の買主のように恐怖感や嫌悪感を抱く人もいます。しかし、自死事故があった建物に生じる嫌悪感とその隣地建物に生じる嫌悪感とは程度に大きな差があり、一般的には、隣地建物に心理的欠陥といえるまでの嫌悪感は生じないと考えられます。そうすると、告知を必要とする特段の事情がない限り、売主や媒介業者に、隣地建物での自死事故についての告知義務はないといえます。

なお、トラブル防止の観点からは説明しておくことが望ましいとはいえますが、事故があった隣地建物が空き家ではなく居住者がいる場合には、居住者のプライバシーや平穏な生活を害する言動は許されませんので、説明することはできないことに注意します。

02貸室の自死事故の告知〈事例2〉

過去に自死事故があった部屋を賃貸する場合、賃貸人およびそのことを知っている代理・媒介業者には、入居希望者にそのことを告知する義務がありますが、年数の経過、入居者の入れ替わり等の要因により、嫌悪感は希釈されていくものと考えられます。このことについて、東京地裁平成19年8月10日判決は、「自殺事故による嫌悪感も、もともと時の経過により希釈する類のものであると考えられることに加え、一般的に、自殺事故の後に新たな賃借人が居住をすれば、当該賃借人がごく短期間で退去したといった特段の事情がない限り、新たな居住者である当該賃借人が当該物件で一定期間生活をすること自体により、その前の賃借人が自殺したという心理的な嫌悪感の影響もかなりの程度薄れるものである」との考え方を示しています。そのうえで、裁判所は、「事故後の最初の賃借人に対しては、貸室内で自殺事故があったことを告知すべき義務があるが、当該賃借人がごく短期間で退去したといった特段の事情が生じない限り、当該賃借人が退去した後に、本件貸室をさらに賃貸するに当たり、賃借希望者に対して本件貸室内で自殺事故があったことを告知する義務はない」と判示しています。

本事例をこの裁判所の考え方に照らすと、賃貸人および媒介業者は、事故後、当該貸室に特段の問題が生じていないことから、3番目の賃借人に対し、告知義務はないといえます。

■告知方法について

取引の判断に重要な影響を及ぼす事項の告知方法は、「宅建業法35条の重要事項説明は、必ず書面を交付してこれを行うことが義務付けられているが、法47条1号による告知は、書面によるものに限らず、相手方が『重要な事項』を認識し得る状態に置くことを指す。たとえば、口頭で告げるだけでも告知に該当し、また説明をしないまま書面を相手方に交付しただけでも告知したことになる」 (「わかりやすい宅地建物取引業法」著:周藤利一・藤川眞行編集:一般財団法人不動産適正取引推進機構 294頁 2(2))とされています。

このように、過去の事故・事件等の「取引の判断に重要な影響を及ぼす事項」の告知方法は、必ずしも重要事項説明書に記載のうえで行うことまでは要求されておらず、買受希望者等がその事項について「認識できる状態」に置けばよいとされています。したがって、過去の事故・事件等の存在について重要事項説明書に記載せずに、口頭で告知することでも宅建業法上の説明義務を果たすことを知っておきましょう。ただし、口頭のみで説明した場合に告知の有無が争われたときには、告知したことの立証が必要になりますので、実務は、書面に記載して告知することを原則として対応しましょう。


村川 隆生

一般財団法人不動産適正取引推進機構 客員研究員
TM不動産トラブル研究所 代表

村川 隆生

1973年大学(法学部)卒業後、住宅、不動産業界で住宅・仲介営業等に従事、2000年12月より一般財団法人不動産適正取引推進機構調査研究部、2016年11月退職、2017年1月より現職。業界団体主催の各種研修会、消費者団体主催の相談員養成講座、その他の講師として全国で講演。宅地建物取引士・一級建築士。著書に『わかりやすい!不動産トラブル解決のポイント』【売買編】【賃貸編】ほか(住宅新報)。