Vol.11 定期借家契約の借地借家法38条2項の事前説明に関するトラブル
定期借家契約は、借地借家法38条2項の事前説明がされていなければ、同法上は普通借家契約として取り扱われることになります。定期借家契約の媒介においては、瑕疵のない事前説明がされているかの確認は重要です。
トラブル事例から考えよう
〈事例1〉貸主が定期借家契約の終了を通知したところ、借主に事前説明がなかったから普通借家契約であるとして契約の終了を拒まれた
貸主Aは、借主Bとの間で、事務所ビルの一室について、賃貸借期間を5年とする定期借家契約を締結しました。契約に際し、媒介業者Cは、「賃貸借の種類:定期借家契約、※更新がなく、新たな賃貸借契約を締結する場合を除き期間の満了をもって契約は終了します(借地借家法第38条)」(本件重説記載)と記載した重要事項説明書の交付・説明を行いましたが、AよりBに対する「賃貸借は契約の更新がなく期間満了により賃貸借が終了する旨」の、借地借家法38条2項所定の書面の交付・説明(事前説明)はありませんでした。
契約の期間満了6カ月前の平成29年9月に、AがBに賃貸借契約終了の通知をしたところ、「事前説明がなかったことから、本件契約は、普通賃貸借契約と見なされるとの見解を、複数の法律事務所から受けた」として、契約終了を拒否されてしまいました。
重要事項説明書が事前説明を兼ねることが可能な旨の平成30年2月28日付国土交通省通知を知ったAは、Bへの事前説明は、Aが委任したCが重要事項説明の本件重説記載によって行なっているとして、定期借家契約の終了を理由にBに建物明渡しを求める訴えを起こしました。
しかし、裁判所は「Aが行うべき事前説明が、Cの代行により行われた証拠はない」などとして、Aの訴えを棄却しました。
01事前説明がないと定期借家と認められない
判例(最判 平24・9・13)は、借地借家法38条2項の規定が置かれた趣旨について、「借主への定期借家契約には更新がなく、期間満了により終了することの情報提供だけでなく、更に事前説明を要求することで、契約更新に関する紛争を未然に防止する趣旨であり、借主が定期借家契約であることを認識していたとしても、事前説明書は契約書と別個独立の書面であることが必要」としています。
借主が定期借家契約であることを認識していたとしても、賃貸借契約書とは別途の事前説明書面の交付・説明がなければ、普通借家契約として取り扱われることになるので特段の注意が必要です。
02事前説明は貸主(代理人)が行う必要がある
事前説明は貸主の義務ですので、貸主(又は代理人)によって行われる必要があります(法38条2項)。
貸主が委任をしていない者が、事前説明を行っていたとしても、貸主が事前説明を行ったと認められることにはなりません。
本件事案の一審裁判所(東京地判 令2・3・18 RETIO122-164)は、Aが説明主体として、貸主の義務である事前説明をしていないから、本件定期借家契約における「契約更新がないとする」旨の特約は無効と判断しています(Aは控訴しましたが、その後、Aが立退料を支払い、Bが本件建物を明け渡すことで和解しました)。
03重要事項説明書と事前説明書の兼用
事前説明書は、賃貸借契約書とは別個独立の書面であることが必要ですが、重要事項説明書が事前説明書を兼ねることができるかについては、平成30年2月28日付国土交通省通知(国土動第133号・国住賃第23号)において、
1 賃貸人から代理権を授与された宅建士は、
2 下記記載事項を記載した重要事項説明書を交付し、事前説明を行うことで
3 貸主の代理として事前説明書の交付および事前説明を兼ねることが可能
であることが示されています。
事前説明書を兼ねる場合の記載事項
①当該賃貸借が、法第38条第1項の規定に基づく定期建物賃貸借で、契約の更新がなく、期間の満了により終了すること
②重要事項説明書の交付が、法第38条書面の交付を兼ねること
③貸主から代理権を授与された宅建士が行う重要事項説明は、貸主の法38条第2項に基づく事前説明を兼ねること
この場合、代理人となった宅建士は、後日の契約更新に関する紛争防止の観点から、必ず借主より「貸主から、宅建士に対する代理権授与の書面提示があり、重要事項説明書を法38条2項の事前説明の書面を兼ねるものとして受領し、事前説明を受けた」旨の、記名押印を得ておきます。
定期借家契約における事前説明は、もしその手続きに瑕疵があれば、定期借家契約が普通借家契約であると見なされてしまう可能性がある、非常に重要な手続きです。宅建士(宅建業者)が、重要事項説明と兼ねて事前説明書面の交付・説明を行う場合には、事前説明を貸主の代理で行う旨と委任状の提示等、そして、国交省通知で必要とされる手続きや重要事項説明書の記載要件は、決して漏らさないよう、特段の注意が必要です。
04再契約をする場合も事前説明・重説に注意
定期借家契約に更新はありません。もし更新したとすると、それは普通借家契約として更新されたことになります※。
定期借家契約を一旦終了し、再度定期借家契約を締結することは可能ですが、再契約は新たな契約ですので、定期借家契約とする場合の貸主の事前説明は必須です。また、媒介業者が契約締結の媒介をする場合は、借主への重要事項説明が必要となります。
定期借家契約の再契約は、新規契約と同じ手続きが必要となることに要注意です。
※普通借家契約として更新されたと判断された裁判例として、東京地判 平27・2・24 RETIO101-114がみられます。
一般財団法人不動産適正取引推進機構
調査研究部 上席主任研究員
不動産鑑定士
中戸 康文
一般財団法人不動産適正取引推進機構(RETIO)は、「不動産取引に関する紛争の未然防止と迅速な解決の推進」を目的に、1984(昭和59)年財団法人として設立。不動産取引に関する紛争事例や行政処分事例等の調査研究を行っており、これらの成果を機関誌『RETIO』やホームページなどによって情報提供している。
HP:https://www.retio.or.jp/