タワーマンションに対する相続税課税強化の動きについての私論

タワーマンションイメージ

6月末、国税庁は市場価格に基づいてマンションの相続税評価額を引き上げる新たな算定ルールを決定。これはマンションの上階にいくほど節税効果が期待できる「タワマン節税」の税負担の不公平性を是正するもので、2024年1月からの適用を目指しています。
ここでは、専門家が新たな算定ルールを解説するとともに、マンション市況への影響を予測します。

マンションが税金面で有利な理由

土地は建物とは違い償却資産ではないため、おおむね土地に対して課税が厳しくなっています。タワーマンションに限らず、マンションは敷地である土地を建物の持分割合で共有することから、一戸建て住宅と比べて土地の持ち分が小さくなります。そのため税金面では「マンションのほうが有利である」と言われてきました。

いつからそのような傾向になったかは定かではありませんが、どちらかといえば一般勤労者のための住宅であったマンションは、いつしか高額所得者のためのものになってきています。よく比較の対象となる「自動車」にも、住宅や土地と同様にさまざまな税金が課せられており、購入時だけでなく保有コストなどもかかることから、地下鉄など鉄道網が発達した都市部において、保有からシェアへの移行が進んでいます。と同時に、普通車より軽自動車への移行も進んでいると感じます。地方都市においては「クルマ」は生活必需品であり、なかなか手放すことはできませんが、所得が伸びないなかでは、普通車より軽自動車の比率が高まるのも致し方ないことでしょう。

「タワマン節税」封じ込めの効果

今回のタワーマンションに対する相続税課税強化は、一部の極端な節税(できれば別の言葉を使いたいが)を防ぎ、課税の公平性を担保するという意味では効果があると考えます。特にタワーマンションは上層階に高額な住戸が設けられていることが多く、路線価と実勢価格の乖離(かいり)が以前から指摘されていました 。一戸建て住宅と比べて不利になるのであれば問題ですが、おおむね一戸建て並みに「是正」したということであれば、課税の公平性は確保されたといえるのかもしれません。

2022年6月号「相続相談」参照

課税強化政策の影響を考察

私はこの課税強化政策が原因で、依然上昇傾向が続くマンション価格が反転下落する可能性はほとんどないと考えています。現在、マンションの購入者は、富裕層や投資家の比率が、特に都市部において高まっており、この傾向は価格が高額になるにつれて強まっています。海外の投資家は、昨今の円安を背景にほぼコロナ前の勢いを取り戻しました。このような富裕層や投資家の多くは法人名義でマンションを購入し、会計士や税理士の指導を受けた適切な節税を行っています。マンションが富裕層や内外の投資家に人気があるのは、相続税の節税効果が高いからではなく、企業会計上の優位性や資産性が高いからです。

特にこの10年は、多くのマンションで売却益が出る状況にあり、利益確定売りともいえる短期売却が増加傾向です。よって、相続税を節税する目的でマンションを購入したというケースはあまりないのではないかと思います。相続税対策で有利だという理解があることは、2015年に相続税の基礎控除額が4割圧縮された際に、マンション購入者が増加したことからもわかっていますが、この時に購入者がマンションに感じた魅力は資産性の高さで、ゆえに目線は都心マンションに注がれていました。当時セミナーを担当した経験を持つ私はそのことを確信しています。間違えてはいないでしょう。

新たな算定ルール

通常の相続は、マンションを購入してから、しばらく年月を経て発生するものです。なかには、購入者が購入直後に事故などで亡くなり“早すぎる相続”となる例もありますが、50歳代で新築マンションを買い替え購入した人が、80歳代で相続するなどの場合を想定しても、相続物件の築年数は20~30年となります。

「相続税評価の見直し案」の資料に示された計算式では、築年数は実数(築20年であれば20)があてはめられ、その数値にマイナスの係数(△0.033)を乗じます。係数のマイナス度合いは大きくありませんが、単純に考えれば築年が経過しているほどマイナスが大きくなり、課税強化の影響は小さくなります。

また、相続というものは十人十色、個別性はそれ以上かもしれません。さまざまなメディアが極端な例を示しましたが、配偶者があり、配偶者控除が受けられる場合、配偶者以外の相続人(子など)が複数いる場合、小規模宅地の特例が利用できる場合などは、実際にはそれほど大きな増税とはならないでしょう。

高値の花「タワマン」は世間の嫌われ者!?

しかし、気になることもあります。「タワーマンション」が知らぬ間に“世間の嫌われ者”となった世論形成過程です。2000年頃、東京都江東区や中央区に林立したタワーマンションは、分譲当時の坪単価は120万円程度、しかも専有面積は多くが80㎡を超えていました。そもそもは一般勤労者のものでしたが、その後マンション価格の上昇が起こり、タワマンは「高根の花」に変わっていきました。“タワマン・カースト”なる理解に苦しむ造語ができ、それを面白おかしく扱うドラマも放送されました。「タワマンの上層階に住む人はお金持ち」というのはある意味で正しいかもしれませんが、ひがみややっかみの対象になり、それが助長されても構わないという世間の雰囲気には恐怖を覚えました。

安易な社会風潮への懸念

その一方で、恐れずに言うならば、もし価格の上昇があったとしても一般勤労者の手に届く価格でマンションが分譲され続けていたなら、これほどまで“タワマン憎し”という雰囲気になっただろうか、とも思います。タワーマンションをいつか手に入れたいと願う「正しい実需」が減退してはなりません。明確な計算式が示されたことはブラックボックス化するよりはるかに良いことですが、これをきっかけとして「低層のヴィンテージマンションが良い」という安易な社会風潮が生まれると、わが国が長年取り組んできた都市の高度利用化や国土強靭化、高耐久・長寿命への努力、耐震や免震構造の技術発展などが停滞しかねません。そういった意味でも、相続税課税強化の動きは考えることの多い出来事だと感じました。

図表 全国 圏域別 タワーマンション供給戸数の推移(竣工ベース)

全国 圏域別 タワーマンション供給戸数の推移(竣工ベース)
出典:東京カンテイ「全国における超高層マンション供給動向&ストック数についての調査(2022年度)」

株式会社東京カンテイ
市場調査部 上席主任研究員

井出 武

1989年マンションの業界団体に入社。以降、不動産市場の調査・分析、団体活動に従事。2001年株式会社東京カンテイに入社し、不動産の調査・研究業務を担当。現在も市場調査部部長兼上席主任研究員として不動産マーケットの調査・研究、原稿執筆、講演業務を行う。テレビ、ラジオ等に出演多数。