Vol.60 現況有姿の説明資料作成編②~
がけ付近の敷地での建築規制図面の作成手順
不動産の現況有姿売買においては、建築物を建築する敷地付近にがけが存在する場合に数多くのトラブルが発生しており、その損害賠償金額は高額です。その多くが、消費者に対して十分な説明をしなかったことが起因しています。本編では、重要事項説明の際に使用する「がけ付近の敷地の建築規制図面」の作成手順について述べます。
法令説明では具体的説明を要求される!
こんな事件がありました。
「平成元年5月1日、神奈川県藤沢市に居住していた医師が、土地代金1億1,800万円で、個人所有の土地約310㎡を地元の大手フランチャイズの宅建業者(支店長が担当者)の仲介により、売買契約を締結した」。物件の現況は、「土地の東側境界付近ががけになっており、境界に沿って築造してあった擁壁が老朽化して一部崩れかかっており、南側隣地の簡易擁壁も倒壊のおそれがあるように思われたが、眺望がよいのを気に入った。仲介業者を経由して建設会社が作成した概算見積書には、東側境界付近に比較的大きなL字型擁壁を2,105万円ほどの費用で築造する旨の案と、本件土地に段差を設けて2か所に比較的小規模のL字型擁壁を1,000万円程度の費用で築造する旨の案が記載されていたが、正式な見積書ではなく、図面も一見して簡易なもので、擁壁前面に設けるべき平坦部分や排水設備の記載を欠くものであった」。
仲介業者は買主に、「本件土地につき建築基準法、県条例および指導方針に基づく規制があることを告知せず、本件土地にがけ部分があることによって、本件土地の東側部分の利用が大幅に制限されるか、東側境界付近に大規模で多額の費用を要する擁壁築造工事を施工する必要がある旨、また、盛り土をする場合の擁壁築造工事の必要性について具体的な説明をしなかった。しかも、擁壁設計案としては不完全で、かつ、誤解を与えるような概算見積書を格別の説明を加えることもなく交付して、土地東側の境界近くに擁壁を築造することができ、これによって土地の全体的な利用が可能であるかのような誤解を生じさせたものというべきである」と、平成12年10月26日、東京高裁は、損害賠償代金として1,068万円を仲介業者に支払うよう、判決を下しました。
この事件は、「仲介業者は、宅造法の説明をしたが、具体的説明をしなかった。また、がけ条例については全く説明をせず、その具体的説明もなかった」とされた事件です。
がけ規制を受ける平面図と断面図を作成する!
このようなトラブルに対しては、「がけ付近の敷地断面図」を作成し、具体的に説明をする方法が、最も安全な対策となります。以下、エクセルを活用した操作手順を述べます。
最初に敷地平面図を作成します。縦に直線2本を道路として描画をし、「挿入」-「テキスト」-「テキストボックス」-「横書きテキスト」を選択して、「道路幅員、海抜、敷地奥行寸法」などを記載します。詳細は、「Vol.59 現況有姿の説明資料作成編①~敷地現況図の作成手順について」および後述のポイントを参照。
平面図に併せて、その真下に、断面図を作成します。道路部分の描画は、「挿入」-「図形」-「[ ( [ を回転させる)」-「図形の書式設定」-「塗りつぶし」-「色」と進み、適当な色(グレー系)を選択して描画すると、道路の断面図ができます。次に、道路から宅盤高低差がわかるように、ブロック塀の描画は、道路の作成時と同じく、「挿入」-「図形」-「□」を選択し、「図形の書式設定」-「塗りつぶし」-「色」の選択をして、ブロック塀を完成させます。取引対象地の宅盤の描画は、「挿入」-「図形」-「□」を選択し、「図形の書式設定」-「塗りつぶし」-「色」と進み、グレー系を選択して描画します。この方法で、隣地との間にある擁壁は、「挿入」-「図形」-「フリーフォーム」を選択して、台形のような形状図を描画し、「図形の書式設定」-「塗りつぶし」-「色」と進み、グレー系にします。隣地がけ上の宅盤の描画は、同じ要領で、「挿入」-「図形」-「□」―「図形の書式設定」―「色」を選択し描画します。この時、調査対象地と隣地がけ地とは、多少の色の違いを表現します。さらに、隣地に接するがけ上の道路の断面図は、作成手順は最初の道路図面作成と同じ要領です。ポイントは、「平面図の作成」欄で説明した取引対象地と隣地がけ地の全体の横幅を、立面図においても同じ寸法になるように作成することです。
具体的ながけ規制範囲の寸法を具体的に明記する!
都道府県におけるがけ条例は行政ごとに異なるため、一律で説明することはできませんが、たとえば、「法令に定めるがけ擁壁の工作物確認と完了検査がない場合、がけ下にあっては、がけ上からがけの高さの2倍の距離(隣地境界から約7.20m)の範囲には、居室を有する建築物の建築をすることができません(県条例第4条)」といった説明を、図面のなかに記載します。一方、がけ擁壁を新築工事しない場合は、①がけ下にあっては、30度以内の部分を窓のない鉄筋コンクリート構造とする、建物全体の構造を鉄筋コンクリート造とする、30度以内の高床式建築物とする等、②がけ上にあっては、深基礎をする、建物の構造を鉄筋コンクリート造とする等の建築工法の選択により、法令制限の適用を除外できる場合があります。
ただし、必ず担当部署(おおむね建築指導課)で規制内容を確認してください。
仲介業者は概算見積りを引き受けない!
消費者から、がけ擁壁工事の概算見積りの依頼があった場合は、工事会社と消費者の間に入ることは避けるほうが安全です。冒頭の事例は、施工会社の紹介にとどめることをせずに、親切心で工事のあっせんまでしたために起きたトラブル事例です。
ポイント
がけ付近の建築物の敷地断面図を作成する場合、下記のように、「平面図」と「断面図」をワンセットにして、敷地奥行寸法や隣地がけ上との宅盤高低差を記載し、実際に建築規制される部分がどれだけあるかを目視で確認できるように描画することがポイントです。
がけ付近の敷地断面図
<平面図>
※数値はすべて概算です。 作成月日:令和5年11月30日
<断面図>
法令に定めるがけ擁壁の工作物確認と完了検査がない場合は、がけ下にあっては、がけ上から、がけの高さの2倍の範囲には、居室を有する建物を建築することはできません(県条例第4条 注1)。
本件工作物(擁壁)の建築確認および完了検査の記録はありません。
注1上記のがけ規制内容については、がけの高さおよび規制範囲が都道府県ごと異なるため、最寄りの行政機関に規制内容を確認すること。
不動産コンサルタント
津村 重行
三井のリハウス勤務を経て有限会社津村事務所設立。2001年有限会社エスクローツムラに社名変更。消費者保護を目的とした不動産売買取引の物件調査を主な事業とし、不動産取引におけるトラブルリスク回避を目的に、宅建業法のグレーゾーン解消のための開発文書の発表を行い、研修セミナーや執筆活動等により普及活動を行う。著書に『不動産物件調査入門 実務編』『不動産物件調査入門 取引直前編』(ともに住宅新報出版)など。