まちの紹介
2026.04.14

“守り継ぎ、現代に活かす”古都奈良の創造①
~美しき監獄建築と豊臣秀長ゆかりの城下町にみる歴史資源の活用~

奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート


奈良監獄ミュージアム
奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート 外観。優美な意匠がまちに調和し、溶け込むようにたたずんでいる。

https://hoshinoresorts.com/nara-prison-museum/ja/
※6月には非日常の滞在が叶う「星のや奈良監獄」がオープン予定

日本史上初となる女性首相を輩出し、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公 豊臣秀長ゆかりの地として衆目を集める奈良県。お寺をめぐり、鹿に癒され──いわずと知れた人気の観光地ですが、いま、長い歴史に彩られた2つの重要文化財が新たな価値と時間を刻みはじめようとしています。
美しき近代建築と歴史深い城下町が織りなす、古都奈良のもうひとつの魅力を訪ねます。

文明開化を象徴する美しき監獄

東大寺を北へ1.5kmほど行くと、閑静な住宅街のなかに中世ヨーロッパの城のような赤レンガの建物が姿を現します。2階建ての表門には西洋のロンバルディア帯、円塔の上部には玉ねぎ型の装飾があしらわれ、異文化の建築要素がミックスされたエキゾチックな雰囲気も醸し出しています。何も知らずにここを訪れたら、きっとこれが監獄だとは気付かないでしょう。

1908(明治41)年に竣工した奈良監獄は、明治政府によって建設された五大監獄(千葉、長崎、金沢、鹿児島、奈良)のなかで唯一、全貌が残る貴重な建築物です。建築当時、明治政府はいわゆる不平等条約を解消するために、欧米諸国と対等になることを急務としていました。そのためには司法の近代化、とりわけ監獄の改良が必須とされ、奈良監獄をはじめとする監獄建設が国の一大プロジェクトとして進められたのです。実際、竣工後の1910年には日英博覧会に奈良監獄の模型を出展し、監獄の近代化を国内外に示しました。

意匠にみる建築家の遊び心

設計を手掛けたのは、監獄建築の父と呼ばれる山下啓次郎氏。生涯にわたり、つくったものはすべて「監獄」という一風変わった経歴の持ち主です。というのも、啓次郎氏の父親は薩摩藩出身で、西郷隆盛らと戊辰戦争を戦い、のちに明治政府でポリス制度の立ち上げに関わった人物。このルーツが大きく影響したことは想像に難くありません。

啓次郎氏は、帝国大学(現 東京大学)で建築学を学んだあと、世界8カ国30カ所をめぐって建築物を調査し、帰国後すぐに監獄の設計に取りかかりました。氏が手掛けた監獄建築の特徴は、いずれも「西洋の城」風であるという点。そして、奈良監獄の”玉ねぎ”のように、どこか遊び心が感じられ、地元の人たちに愛された点です。

そんな奈良監獄も、2017年に老朽化により役目を終え、百有余年の歴史に幕を降ろしました。同年、歴史的価値と建築の意匠が評価されて国の重要文化財の指定を受け、2026年4月27日、その価値を未来へ継承していくためにミュージアムとして新たな時間を刻み始めます。

動き出す、もうひとつの時間

旧奈良監獄という重要文化財の保存活用事業に取り組むのは、旅の体験価値を提案し続ける星野リゾートです。歴史的な意匠を残しつつ現代の感性を活かし、さらに未来に継承していくという当事業について、同社代表の星野佳路氏は、「このプロジェクトは国の重要文化財を活用し、利益を出すことで維持していくという重要なもの。観光資源としての魅力を打ち出して文化財の保護につなげたい」と話します。

一方、展示内容については「単なる歴史展示の場ではなく、自分の人生、生活、ライフスタイルとオーバーラップするおもしろいミュージアムになる」と言い、訪れる人が自らと対話できる新たなミュージアムづくりに挑戦すると意気込みます。

ところで、なぜ博物館でも美術館でもなく「ミュージアム」なのでしょうか。館長の八十田香枝(やそだかえ)氏は、その理由を「監獄、そして少年刑務所※1という100年の歴史の中にあった人々の生活と、建物自体が現代に発信する強いメッセージにある」といいます。「ミュージアムには、ここで繰り広げられていた営みから得られるもの・感じられるものを複合的に見せる博物館的な要素もあります。さらに監獄という独特の世界観に没入する体験ができる施設になるだろうという観点から、新しい価値観や気付きを創出する”ミュージアム”が合っていると考えました」。

※1 奈良監獄は、1922年に「奈良刑務所」、1946年に「奈良少年刑務所」に改称し、社会復帰と更生教育を重視する矯正施設として貢献した。

不自由な営みからの「問い」

コンセプトは「美しき監獄からの問いかけ」。大きく開いた手のひらのように広がる5つの収容棟のうち、中指にあたる第三寮は、当時の状態をそのまま残した「保存エリア」。在りし日の監獄空間を体験できる貴重なスポットです。さらに3棟で構成された「展示エリア」があり、赤レンガに刻まれた記憶に思いを馳せ、建築的特徴や日本の行刑を知るA棟、被収容者の視点で刑務所での生活やルールを体験し、自分自身の生き方に通じる「問い」に迫るB棟、そして、国内外のアーティストが「監獄」から受けたインスピレーションとそれぞれの感性で制作した作品等を展示するC棟から成ります。

「罪と罰を考察すると、自由とは何かという深い世界にも触れることになる」とは、アートディレクターを務めた佐藤卓氏のことば。罪と罰と不自由を秘めたその手のひらに触れるとき、さて、われわれは何を問い、問われることになるのでしょう。

ロマネスク様式を取り入れた表門。両翼に伸びる外壁の高さは、約4.5mである。
ロマネスク様式を取り入れた表門。両翼に伸びる外壁の高さは、約4.5mである。
内部構造は、中央看守所から複数の収容棟が放射状に伸びる「ハヴィランド・システム」を取り入れている。天窓からの陽光も、看守の目も、よく通る。
©【旧奈良監獄】平成31年当時の空撮
内部構造は、中央看守所から複数の収容棟が放射状に伸びる「ハヴィランド・システム」を取り入れている。天窓からの陽光も、看守の目も、よく通る。
建築物に使われている赤レンガは、受刑者たちが刑務作業の一環として職人と共に製造し積み上げたもので、その方針も設計者の意向だった。接合部分をよく見ると、斜めになっていたり幅がまちまちだったりと、素人ゆえの粗さが見られる。
建築物に使われている赤レンガは、受刑者たちが刑務作業の一環として職人と共に製造し積み上げたもので、その方針も設計者の意向だった。接合部分をよく見ると、斜めになっていたり幅がまちまちだったりと、素人ゆえの粗さが見られる。
内部には天井や窓から光を取り入れた明るい空間が広がり、人権を配慮したデザインとなっている。つい「一度はここに暮らしてみたかった」と思ってしまう。
内部には天井や窓から光を取り入れた明るい空間が広がり、人権を配慮したデザインとなっている。つい「一度はここに暮らしてみたかった」と思ってしまう。
5棟の収容棟の中心に設置された中央看守所。各棟の廊下はゆるやかに傾斜しており、ここからすべての部屋の扉が見通せる。
5棟の収容棟の中心に設置された中央看守所。各棟の廊下はゆるやかに傾斜しており、ここからすべての部屋の扉が見通せる。

②「宇陀松山に息づく歴史的風致」はこちら